人気ブログランキング |

晴れやかなる四十路へ!

<   2018年 05月 ( 6 )   > この月の画像一覧

「お伽草紙」読了


文豪、太宰治先生の「お伽草紙」を読んでみました。(以下、敬称略)
太宰作品は「人間失格」やら「走れメロス」やらで、
少し馴染みはありましたが、さほど深い共感をしたわけでもなく、
特別な思い入れもないままでございました。
今回、改めて太宰治を読むならば、どれが良いかと物色して、
少し毛色が違った作品ということで「お伽草紙」を手に取った次第です。

「瘤取り」「浦島さん」「カチカチ山」「舌切り雀」と、
伝承されている四つの話になりますが、
これをデティールをこねくりまわして、独自の解釈で読ませてくれます。
いや、独自の解釈というよりも、おそらくは太宰治が、
自ら作家としての技術を試しているような気配を私は感じました。

歴史小説などもそうですが、視点を変えて、
逆の立場で物事を解釈してみると、違う景色が広がることがあります。
話のあらすじは、現代に絵本となっているものと大差ありませんが、
その行間と奥行きに、独自の感性を付け加えた作品のようです。

そして読後感はよく?面白く読めたのですが、
心に響く内容かと云われれば、そうでもなく、
私には、その読ませる巧みさだけが印象に残りました。

作り方として、弁証法なのでしょうか??
キャラクターイメージやあらすじという簡略化されたテーゼに対して、
可能性として、複雑化したアンチテーゼを妄想して提示します。
そして、アウフヘーベンして、
改めて辻褄を合わせるように作品を練り上げたのではないでしょうか?

ですから、太宰治の独自の解釈と言うよりも、
戯れのなかに、太宰治らしさを加えた作品という表現が、
より適切な気がしたのです。

もし興味をもった方がいるのなら、年代問わず、おススメな作品ですが、
読む前に四つの話のあらすじ位は、おさらいした方が良いと思います。

私は、カチカチ山も舌切り雀も、どんな話かうろ覚えでしたから・・・

また、太宰治の作品はすでに著作権消滅らしいので、
キンドルやら青空文庫やら、無料で読めるらしいです。

便利な世の中になったものですが、
いずれ図書館も本屋さんも数が減ってしまうのでは?と、
時代の流れを感じるのでありました。


by ambitious-n700 | 2018-05-29 15:45 | 漫画・TV・映画等 | Comments(0)

神社巡礼の記録38(伊勢山皇大神宮)


「いせやまこうたいじんぐう」と読みますが、
横浜は桜木町駅より程近い「伊勢山皇大神宮」へ参詣してきました。

若かりし頃、横浜営業所に私が在籍していた時は、
繁華街ばかりに目が向いて、その存在すら意識していませんでした。

駅から野毛山方面へ徒歩十分。坂道はちょっと勾配がきついです。
野毛山動物公園は知っていましたが、こちらの神社が遷座されて、
「野毛山」は「伊勢山」と呼ばれるようになったそうです。

横浜と言う大きな町の総鎮守、そして、別表神社でもあり、
関東のお伊勢さんと云われるだけあって、境内もゆったりしていました。

ですが、残念ながら下調べが不足していました。
現在、創建150年の記念事業の本殿造営中でございました。
工事中です。

参道を昇り、いくつかの鳥居をくぐり、
手水舎にて清めて、本殿前へ歩を進めます。
しかし目の前には立派な社殿は見られません。

工事の仮設足場が囲うように設けてあり、
さらに、その足場を大きなシートで覆ってありまして、
中の状況はどうにも確認できませんでした。

そして、工事シートの前にあった小ぶりな社が、
当面は仮の社殿として、その責務を担っているようでした。

残念な気持ちが湧かないわけでもないですが、
また、時を置いて参詣する縁になればそれも良いかなと思い、
キチンと神恩感謝の参拝をしたのです。

然る後、脇の授与所で御朱印を受けて、
境内社の大神神社と杵築宮へと参拝しました。

参拝後に、よくよく杵築宮の社を眺めてみますと、
西側へ傾いていることに気づきました。
それは、前にある鳥居と見比べると一目瞭然でございます。

きっと海に近い山の上ですから、
長年にわたった土地の歪みが出ているのかもしれません。
b0090284_15254491.png
参詣を終えて後調べをしますと、記念事業での御本殿造営は、
伊勢神宮遷宮での古社殿を譲与されて行われているそうです。

また、私が心配になった杵築社の傾きですが、
御本殿造営後に整備の計画はあるようで安堵しました。

私はきっとまた参詣する・・・数年後が、楽しみな神社でございました。


by ambitious-n700 | 2018-05-18 15:28 | 神社仏閣 | Comments(0)

★母の日★2018


今年も母の日が過ぎ去りました。

その日を意識しますと、何かをしなくてはならないと、
強迫観念にかられる記念日恐怖症の私としましては、
父親として何ができるのかを思案しました。

確かに母親へ子供が自発的に感謝の気持ちをカタチにすれば、
それが理想像かもしれません。
しかし、世の中そう簡単ではございません。

まず子供の気持ちを考えてみれば、
めんどくさい、遊びたい、照れくさい、こどもの日に何かしてくれたのか?
などと自分本位の心理が先立ってしまいます。
まぁ子供ですから、やむを得ないところはあります。

次に母親の気持ちを考えてみれば、
母の日に何もないのはさびしい、母の日ぐらい家事から解放されたい、
まあ親ですから控えめではありますが、
実はこれも自分本位の心理だったりします。
これが昂じてしまいますと、子供への感謝の強要となりかねません。

あまり感謝の強要を子供にしたくはないですし、
感謝の気持ちのないプレゼントに意味はあるのかと疑問を持ちます。


今年の我が家は、コンビニの母の日カタログを見て考え始めたのが、
こどもの日の翌日、
注文締切日が過ぎていたので、通販系のプレゼントは早々に選択肢から消え、
我が子にどうするのさ・・・と母の日の意識をさせたのです。

我が子にそもそも感謝の気持ちがあるのか?を考えるてみると、
感謝の気持ちなんてものは、
実はモノの見方で、いくらでもその芽はあるように思います。

しかしながら、そのモノの見方を知らなかったり、
照れくささやめんどくささ、
はたまた、ゲームやら自分のことに捉われた思考停止状態では、
感謝の気持ちの芽すら、自身で気づかないのだと思うのです。

子供に対して、
どうして生活ができるのか?どうして遊んでいられるのか?
何も母親からの恩恵はないのか?

感謝の気持ちの芽を刺激し育てるのは、
母の日であれば、父親の役回りと言えるかもしれません。
まぁそういうわけで、我が子へ誘い水を向けるわけでございます。

我が子へ、白紙のメッセージカードを手渡し、プレゼントを何にするかと問いかけ、
ようやく決まったのは、近所の洋菓子屋のケーキとなりました。

予約をしておき、母の日の夕方に受け取るのは我が子に任せたのです。

当日は、家事から解放されたいだろう嫁の気持ちを慮って、
家族で外食をして、予約していたケーキを味わい、
心ばかりの気持ちを現せればよいかなぁ~と思っていました。

しかし、前々日になって、
我が子がライブのチケットを購入していたことを言い出します。

どーしよー、ケーキも取りに行けない・・・夕食も一緒に取れない・・・
やばい!どーしよー!

それを聞いた私は、チケットを購入する際には、
母の日を意識していなかったことが、容易に想像できました。

どうすべきか?しばし子供に考えさせて、
仕方なく時間を早めて、ケーキの受け取りは我が子に任せました。

夕食に関しても、自らライブを諦めて一緒に食事ができれば、
それに越したことはありません。
そして常日頃、母親は自分のスケジュール優先で動いています。
ですから父親として公平に考えれば、
子供が自分のスケジュールを優先したとて、咎めることができませんでした。

結局、我が子がライブを終えて遅くに帰宅してから、
ケーキを囲んだのでありました。
ですから今回、我が子が感謝の気持ちを現したのは、
いつもはやらない皿洗いと、ケーキを受け取ってその団欒まで。
b0090284_11402144.jpg
きっと嫁としては少し物足りなかったかもしれませんが、
感謝や奉仕は求めるものではないですからね。

どこかのネット記事で読んだことですが、
感謝を求める行為は、見返りを求めていることにつながり、
その人自身が、感謝の気持ちを忘れている場合があるとか、ないとか!?

さぁ、そこのところは、一体どうなんでしょうね。

by ambitious-n700 | 2018-05-14 11:41 | ぼやき | Comments(0)

「億男」読了

「億男」読了しました。
「世界から猫が消えたなら」についで、川村元気さんの本は2冊目の読了です。
今秋に映画もロードショーらしく本屋さんの店頭で目立つ所においてありました。

宝くじの高額当選者が翻弄されていくお話で、私は楽しく読めました。
予定調和と感じる部分はありますが、幾重にも予定調和が盛り込まれているため、
あーこれは、こーなるな、とわかっていつつも、
次々と演出的な伏線と回収されていく構成は、見事だといわざる得ません。

ですが読み終えて、他の人のレビューも見ますと賛否は別れ、
厳しいレビューもそれなりにございました。

読者が、人間のもつ葛藤や深み、または新たな発見等を求めると、
言われてみれば、少し物足りないかもしれません。
ステレオタイプに言われることや、どこかで聞いたようなことが、
つらつらとあるだけに感じる人がいるのも、わかる気がします。

ですが、エンターティメントとして読めば、
散りばめられた遊び心にアハ体験で楽しむことができると思います。

お金にまつわる話ですから、描かれるテーマとして、
結論的な多様性は得られないのかもしれません。

拝金主義か、そうでないか?
ビジネス重視か、ヒューマニズム重視か?
またはバランスをとって、その中道を行くのか?

私は「金閣寺」と「金の茶室」と「金色の仏像」に触れたとき、
「金」は手に入れる時よりも、
誰かへ与え渡す時にこそ、価値が生まれると思っているのですが、
改めて「お金は、使い方のほうが難しい」と再認識を致しました。

私は、いつのころからか、節約、節約!の貧乏性で育ちましたから、
本当に有意義なお金の使い方が、いまだに良くわかりません。

同じ満足感を得られるならば、安い方が良い!と、
安物を比べて見ては、躊躇したり、不満を募らせたりします。
不満が募れば、どーでもよくなって、購買意欲をなくしたり、
逆に反動で散財することもあったと思います。

ストレス発散からの散財は、その全てが無駄ではないにしろ、
お金に振り回されてストレスを抱えることは、本末転倒ですよね。
全くもって何をやっているのだろうと思う時がありました。

そして、私はこのところ、
「本当に良い買い物をした!」「良いお金の使い方をした!」といえる消費を、
していない気がするのです。
しなくて良い買い物と、消費の萎縮が目に付くのです。
どうしたら本当に良いお金の使い方ができるのでしょうかねぇ~?

この作品は、お金について考える切っ掛けを与えてはくれましたが、
その答えを教えてはくれません。
私の暗中模索は命絶えるまで続くのだろうなぁと思うのでございました。

ちなみに、使い方がわからないからと言って、
私の手元に使い切れない程のお金がある訳ではありません。
可処分所得が少ないからこそ、良い使い方を考えあぐねるのでございます。
どうぞ、お間違えなきよう願います。


by ambitious-n700 | 2018-05-12 14:33 | 漫画・TV・映画等 | Comments(0)

こどもの日、そして、母の日せまるぅ~


ゴールデンウィークが今年も過ぎ去りました。
まー仕事柄、私個人は連休もなく坦々としたものでしたが、
学校が休みならお弁当作りも必要なく、負担は減りました。

こどもの日だけは、兜飾りを拝み、かしわ餅をほおばり、
外食をしては、菖蒲湯に入りました。

ですけれども、こいのぼりを見たのは、
ニュース映像の中だけだったと思います。

こどもの数が減っただけでなくて、
マンション暮らしなら、そのスペースもとれず、
こいのぼりを揚げることも、容易でなくなったのかもしれません。

そして、五月の第二日曜日、
祝日ではないですが、母の日はもうそこまで迫っています。
私の強迫観念が芽吹きます。
私の母は他界してますが、私の嫁は我が子の母です。

我が子へ意識を促すも、
コンビニにあった母の日プレゼントのパンフレットは、
注文締め切り日が、こどもの日でした。

へー、こどもの日の前に、母の日を意識している子供は、
果たして何人いるのだろうかと首をひねり、
時すでに遅し!と、残念に思うのでありました。

by ambitious-n700 | 2018-05-07 14:27 | 時事 | Comments(0)

「レインツリーの国」読了


「レインツリーの国」読了しました。
有川浩さんの作品です。図書館戦争シリーズで有名な作家さんですね。
図書館戦争は、我が子が読んでいたのですが、
ドンパチする描写を好まない私とは、
相性が悪かったらしく、実は途中で読むのをやめてしまいました。

それから「3匹のおっさん」やら「阪急電車」やら、
映像化される作品も多くて、売れている作家さんであることは知っていたのですが、
いつでしたか、作品以外の物議をネット上で見てしまい、
プロ意識が高くて、強い女性のイメージを勝手に抱き・・・ちょっと敬遠してました。

しかしながらこの度は、とある人のおススメもあって、
「レインツリーの国」を手にとってみた次第です。

結果、読んでいる最中は、ちょっと心がささくれ立ちましたが、
構成も巧みで、題材や読後感も良かったです。

どうやら私は、相手を攻め立てるような描写が苦手のようです。

なんでしょーね、ケンカ慣れしていないって言うのでしょうか、
恋愛関係でも友人関係でも、ぶつかり合うのは苦手と言うか・・・疲れます。
時に、現実ではそれが仕方がない場合があるにせよ、
フィクションの中でも、ささくれ立った描写が続くと、
読者であっても、私はストレスを感じてしまうようなのです。

やっぱり世知辛い世に、せめてフィクションでは、
優しさや癒しを求めているのでしょうか・・・!?

それでも我慢しながら読みすすめていきますと、
ハッと驚く展開や読後感の良さがあったので、救われた気がしました。

ストーリーとあまり関わりがないことですが、
感情に任せて他者へ攻撃的になっている時って、
本人は思考停止してるのではないかと・・・私は、思い巡らすに至りました。

暴力でも口論でも、他者へ攻撃的になっているということは、
まず、本人に相手を慮る余裕がないことが窺えると思います。

親が子どもに対しては「怒る」と「叱る」が違うと言いますが、
対等なパートナーとのケンカでは「叱る」とはならないですからね。

互いの主張がぶつかりあって和解をできなければ、
「憤懣」となるか、「諦観」となるか・・・!?
私の場合は早々に「諦観」ばかりを選択して、
ケンカらしいケンカにならず、めんどくさくて時間と距離を置いてしまいます。
ですから「憤懣」となってケンカをする気持ちが、あまりわからないのです。

しかしながら、作品に登場するカップルは、
しっかりケンカをして、和解して、
新たな気付きを与え合う、良いお話となっておりました。

ネタバレになるので伏せますが、取りあげた題材も良いと思います。
きっと多くの読者にも、新たな気付きを与えてくれる作品に違いないと思うのでした。



追記 

「レインツリー」は「アメリカネムノキ」のことで、「モンキーポッド」とも言われる。
あのー木、なんの木、気になる木~♪で歌われて、
花言葉は「歓喜」なのだが、ハワイでは侵略的外来種でもあるらしい~

by ambitious-n700 | 2018-05-07 11:20 | 漫画・TV・映画等 | Comments(0)