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晴れやかなる四十路へ!

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映画「コードギアス 反逆のルルーシュ 叛道」鑑賞


昨年の続きを観てきました。
三部作の二番目「コードギアス 反逆のルルーシュ 叛道」です。
我が子の薦めに乗りました。

展開を理解することに疲れますが、おもしろいはおもしろいです。
行動規範に一貫性がなく、なんてヒッチャカメッチャカなのでしょう。
社会正義を都合の良い解釈で取り込んで、
登場人物が私怨で突き進む姿は、傍目からみたら滑稽ですやね。

それぞれが、それぞれに取り繕ったような動機で行動していて、
物語としては、矛盾が盛り沢山のような気がします。

思い返してみても、やはり私には共鳴できる登場人物が見つかりません。
キャラクターとしての魅力はあるのですが、
いずれも、どこか破綻しているように感じてしまいます。

どうなんでしょう!?
ちょっとした知略とか、策謀とか、かっこよく映るのでしょうかね!?
私には、ご都合主義の展開のような気がして仕方ないです。

まぁ三部作なので、最後まで付き合おうとは思いますが、
この作品の評価は、おそらく私にはわからないだろう・・・と思うのでした。

by ambitious-n700 | 2018-02-18 15:14 | Comments(0)

「細君譲渡事件」との相関を考える


映画「神と人との間に」を観て、
作品レビューや制作サイドの記事を読んでいましたら、
谷崎潤一郎の作家としてのちょっとした狡さを感じてしまいました。

原案となる文芸作品「神と人との間に」を読んではいないので、
私の拾い集めた情報と憶測でのことになりますが、
都合の良いように?創作物に落とし込んでいるように思います。

まず、細君譲渡事件をモチーフに作品が描かれたことは間違いないようですが、
三角関係で自身の妻を譲渡すると聞いて、
あたかも愛妻を手放したかのように捉えてしまいがちですが、
実はそうではないようです。
(※私はよく調べもせず、間違って早合点してました。)

拾い集めた記録を時系列で並べますと・・・。

1915年、谷崎潤一郎と千代が結婚。
1917年、谷崎潤一郎と佐藤春夫の交流が始まる。
    また、谷崎潤一郎が千代の妹セイ子へ思慕の始まりか?
1920年、セイ子が女優デビュー。
1921年、『小田原事件』
    妻:千代を譲る約束を反古にして、佐藤春夫と絶交。
1924年、「痴人の愛」発表
1930年、『細君譲渡事件』
    谷崎潤一郎、千代、佐藤春夫と三名で話し合いの末、 
    潤一郎と千代は離婚、佐藤春夫は千代を譲り受ける。
    その挨拶状が世間に出回る。

作品冒頭で、三角関係で自身が身を引く(穂積)ですが、
そのモデルは、妻を譲渡した谷崎ではなく佐藤春夫のようです。
そして、屈折した行動をとる(添田)が、
谷崎潤一郎自身を投影しているらしいです。

記録からの推察ですと、どうやら谷崎潤一郎自身は、
「痴人の愛」のナオミのモデルとなった、妻の妹:セイ子に惚れ込んで、
妻の千代と別れたかったらしいですね。

それで、ただ妻と別れてしまっては、
妻を捨てるようで大儀もなく、無責任になってしまうので、
渡りに舟とばかりに、佐藤春夫に譲るカタチをとった・・・かのようです。


ですから作品と記録からの違いを考察すれば・・・。

作品では、幸せにする自信がなくて身を引くように描かれていますが、
記録からは、不貞になってしまうので身を引かざる得なかったようです。

また作品では(添田)の愛人をクローズアップしないことで、
屈折した情の輪郭が作られていきますが、
本当のところは、愛人とうまく再婚したかっただけかもしれませんっ!?

他に、映画では現代風にアレンジをしたので、
当時は、女性が生活していくには厳しい社会環境だったことを、
考慮して鑑賞した方がいいでしょうね。


現実と創作とを同列に扱ってはいけないのでしょうが、
おそらく現実の方が、もっと、あきれてしまうような展開で、
そこから読ませる創作へと落とし込める力量を持つことが、
文豪が文豪たる所以なのかもしれないなぁ~と思ったのでした。


by ambitious-n700 | 2018-02-12 16:39 | 漫画・TV・映画等 | Comments(0)

映画「神と人との間」鑑賞


先月、谷崎潤一郎の「痴人の愛」を読んだので、
続けざまに谷崎潤一郎を楽しもうと「神と人との間」という映画を観て来ました。

「TANIZAKI TORIBUTE」と銘打って、他に2作も映像化されているらしいですが、
私の心に一番訴えかけてきたのが「神と人との間」でした。
鑑賞後、やっぱり観てよかったと思えた作品でした。
耽美主義と云われる文豪、谷崎潤一郎という作家の何某かにふれた気がします。

色恋のもつれを、ありえるかも?と思わせるような展開で、
丁寧に描いていると思います。
まぁ、私が触れた二つの作品は悲劇的な面もあるのですがね。

もともと谷崎潤一郎自身が、
最初の妻を佐藤春夫氏に譲った・・・「細君譲渡事件」をモチーフに、
小説としたのですが、
今回は、それを現代風に監督が脚色して映画作品に仕上げたようです。

そもそもの設定が自分の奥さんを譲っちゃうのですから、
世間一般の常識では考えづらいと思います。
自分の恋慕の情に迷い、幸せにする自信がなくて、お人好しとバカにされても、
三角関係ならば身を引くことで、
相手の幸せを願う気持ちは・・・わからなくもない・・・!?

臆病で自信も無くて、なかなか度胸がもてない、
そういう人ってどこかに居そうですよね。

しかしながら、譲られたら譲られた方も、
疑心暗鬼になって、気持ちを拗らせてしまうし、
女性の身としても、心に影を落としたまま、
新しいパートナーと生活をしなければなりません。

主人公は、その三角関係の絡まった糸をほどこうとして、
一生懸命になるのですが、余計に絡ませてしまうような作品でした。

もうね・・・その生真面目さが、
私には、とても滑稽に映ってしまって仕方がなかったです。

生真面目さを責めるのは少し酷ですが、
もっと視野を広くして、気持ちを切り替えていかないと、
みんなを振り回してしまうことがあるのでしょうね。

やっぱり人との出会い方より、
人との別れ方が難しいということだと思います。


また、映画として濡れ場のシーンもあって、
文芸には無い映像として楽しむことができますが、
愛より快楽がまさる濡れ場は、もの悲しく思います。

諦観と逃避の果てに行き着く、倒錯的な濡れ場は、
いくら美しく描いたとしても、
残念な気持ちが湧いてしまい、陰ができるものですな。


鑑賞後、清々しい爽快感があるとは、とても言えませんが、
さすが文豪としての評価が高い谷崎潤一郎・・・と、
深みを感じてしまう内容の作品だと思います。


by ambitious-n700 | 2018-02-09 10:39 | 漫画・TV・映画等 | Comments(0)

自由と平等をぼやく


先日、新聞で猪木武徳大阪大学名誉教授の記事を読みました。
そこに『必ずしも折り合いの良くない「自由」と「平等」』という言葉に出会いまして、
なるほどなーと、今まで考えもしなかったその関係性にハッとさせられました。

自由を掲げ好き勝手に振る舞えば、個々の行動に差が生じることは至極当然で、
差が生じれば、平等であり続けることができるはずがないですよね。

平等といえば、男女平等や人権問題が思い浮かぶけれども、
平等を勝ち取ることは、
どこかで、誰かの、自由を犠牲にすることにならないでしょうか?

身近な例を挙げれば、
『夫が家事を手伝ってくれない』と家事負担の平等を妻が言えば、
家計の負担も平等でなければ矛盾を生じ、
結果、妻自身の自由を返上しなければならないかもしれません。

また『束縛されるのがいやだ!』と、
有閑マダムが少し値の張るランチを自由に食べていれば、
仕事中にワンコインランチで凌ぐ夫と平等と言えるわけがないでしょう。

残念ながら、世の中には自分の都合で、
やれ、自由を返せ!やれ、平等にしろ!と訴える輩を見かけることがあります。

果たしてどこまでの思慮を持って訴えているのか、
よくよく吟味しないことには、危険なのだろうと思ったのでございます。

平等を勝ち取った時に、自由は蔑ろにされ、
自由を勝ち取った時に、不平等が始まる・・・そんな気がしませんか?

また俗説らしいですが、トリコロールカラーは、
『自由』『平等』『友愛』を表すといいます。
悲しいかな?混ざり合うことはなく、同じ色になりえないことを、
まさに表しているのかもしれないと思ったわけでございます。

by ambitious-n700 | 2018-02-06 15:02 | ぼやき | Comments(1)

地団駄ふんで、示談だ!示談だ!備忘録


年末年始と、まぁちょっとした野暮用で忙しかったんですけど、
先日ようやく示談が成立した次第です。

示談が成立したので、特定できるような固有名詞は出せませんが、
ことの顛末を、さらりと残しておきます。

※大方の人は、なんのことかわからないと思うので、どうぞ読み飛ばしてください。


とある事業者へ、とある工事をお願いしたのですが、
受けた事業者は、元請さんと下請けさんがありまして、
現場での作業は、委託を受けた下請けさんだけで施工をしたわけです。
とはいえ、依頼主からの窓口は全て元請さんでございました。

なんとか作業は終わったそうですが、
ちょっとした事故らしきものがあったと推察されたのです。

これを作業の翌日に元請さんに相談をして、
確認をして欲しいと願ったわけですが、
当然のように門前払いをされてしまいました。

第一義的には、
過失をしたと思われる下請けさんで補償してもらうのが筋ですが、
これがまず、なかなか認めてくれません。

損害が出ていたとしても、
施工後だったので、やった、やらないの水掛け論となっていました。

また、下請けさんも事故や過失を認めてしまったら、
元請さんからの信頼を失い、仕事が途切れてしまうので、
頑なに過失を認めたくはないようなのです。

どこか保険で適用にならないかと探しましても、
自然災害でもなければ、施工上の業務上過失との判断になるので、
下請けさんの保険でしか適用にならないようなケースでした。

依頼主は依頼主で、これもまた、ちょっと複雑で、
施工時の立会者と所有者が別でして、所有者の損害か?立会い者の損害か?で、
余計なトラブルを招いていました。


もうね、とっても、めんどくさかったです。
利害の関係性から・・・損害の補償まで・・・いろいろと・・・。

どうにか示談となりましたが、やれ脅迫めいた言葉で追求しなければいけないとか、
想定問答が目まぐるしく脳裏を過ぎりまして、懲り懲りしました。

失敗したら、失敗したで、
素直に過失を認めてくれなければ、他の人が困るのですよね。

失敗に気づいた時点で素直に謝ることは、とても大切だと思うのでありました。


by ambitious-n700 | 2018-02-02 14:23 | ぼやき | Comments(0)