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晴れやかなる四十路へ!

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神社巡礼の記録30(東国三社めぐり③-2鹿島神宮~鎌足神社~)


つづき。

ふたたび御手洗池、奥宮を経て、
次は鹿園にて、神鹿たちをゆっくり眺めました。
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鹿の群れの中には、角の生えた牡鹿が数頭いました。
もちろん立派な姿ですけれども、
諏訪の史料館で見た御頭祭を想起してしまいます。

もうなんでしょうね。
鹿島と諏訪の対比は、鹿の扱いにも現れているのでしょうか?
鹿島では神の使いですが、諏訪では供物となります。
それだけ鹿が、人々に身近な存在だったということでしょう。

また、鹿肉を食する狩猟生活者にとって、
諏訪の神の方が都合が良かったのかも知れません。

いやむしろ、農耕が広まった時代に、狩猟生活者の拠り所としては、 
土着の神と習合され、狩猟も是認できる諏訪の神が必要不可欠で、
当然に起こりうる信仰対象だったのかもしれません。

国譲り神話も、そう解釈すると合点が行きます。

農耕民族は、稲作に欠かせない太陽を象徴とする天照大御神を祀り、
きっと毎年の安定した実りで、狩猟民族より富を得ていたことでしょう。

貧富の差と生活の違いが生じれば、狩猟民族と農耕民族の間で、
争いが起こることは容易に想像ができます。

そこで、争いを治めるとなると、
国譲り神話が、救いの知恵だったのではないかと思うわけです。

国譲り神話では、
(建御名方神)と(武甕槌神)が、相撲の起源となる力比べで勝敗を決します。
チカラで国譲りを為してはいますが、刀での斬り合いにはならないわけです。
まして、刀剣の神と云われる(経津主神)がいるにもかかわらずです。

そして国を譲りはしますが(建御名方神)は諏訪で命脈を得ます。
言い換えれば、どうにか共存することに成功しているわけですね。

このように考えると、争いを治める知恵が国譲り神話には隠れている気がしませんか?
まぁ神話の解釈は人それぞれでしょうが、私は勝手にそう解釈をしたわけでございます。

とはいっても、鹿園の鹿たちを見ると、
人間の都合でアレコレ振り回していることに変わりはなく、
いまひとつ腑に落ちませんけどね・・・。


私たちは鹿園から、社殿を経て、表参道を戻り、
およそ一時間半かけて、鹿島神宮の朝の参拝を済ませました。

7時半には宿での朝食を摂って、9時前にはチェックアウト。

そしてもう一度、鹿島神宮へ参拝して、
閉まっていた授与所・社務所にて、「東国三社守り」の社紋と御朱印を授かりました。


月に一度の連休といえども、私には日常の家事が控えるため、
お昼前の電車で帰路に着く予定です。

それでも朝にゆっくり鹿島神宮を参詣したことで2時間ほどの余裕がありました。
ならば、広島の厳島神社より大きいといわれる、
水上鳥居「(西の)一ノ鳥居」を見に行きたくなるものです。

事前の調べでは駅から1.8㌔です。歩くか、タクシーか、自転車か?

迷いながらも、おかげさまで、門前で自転車を借ることができまして、
余裕をもって往復することができました。

また「一ノ鳥居」へ向かう道すがら、
ひとやま超えたところに「鎌足神社」がありました。
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大化の改新の中臣鎌足に縁のある神社です。
のちに藤原姓を得て藤原鎌足になりますが、
その出生地にいくつかの説があって、鹿島もそのひとつとなっています。

敷地自体は狭く、社も小ぶりではございましたが、キチンとご挨拶をしてきました。

「鎌足神社」から「一ノ鳥居」までは、自転車で5分足らず、
前日30㌔超えのサイクリングに比べたら、大したことはありません。

堤防の先の水面にある大きな朱の鳥居は、
西に沈む夕日と一緒に見れば、より一層に素晴らしい景色になるかと思います。
また、鹿島神宮から皇居、富士山へとつづくレイラインを形成するらしいです。
ですが、その意味するところは、私には良くわかりません。
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ここで数枚の記念撮影をしましたが、
周囲は特に観光化されてるわけでもなく、そのままスゴスゴと引き返しました。

自転車の返却前に30分ほどの余裕があったので、
駅近くの洒落たcafeでカキ氷をいただきました。
きっとこれが、この旅で唯一の贅沢かもしれません。
前日に食べたパピコなら10個分の贅沢でした。

そして、お土産を少し買って、自転車を返却し、
お昼前の電車で予定通り帰路に着いたのでした。


これにて「東国三社めぐり」コンプリートです。

感想としては、たとえ観光目的であったとしても、
もっと参拝客を呼び込んでもいいのではないかと思いました。

いわゆるチバラキで、千葉県と茨城県に跨るがるために、
観光資源としてPRの連携が、うまくいってないように思えました。
もしくは観光では、成田山がライバルになるのか?よくわかりませんが、
成田空港も程近いので、
もう少しうまくPRすれば、神社自体も潤うような気がします。

息栖神社は小じんまりと、まとまってはいましたが、
香取神宮は、鹿島神宮より参拝客が多いとは思えず、
広い境内の手入れも、なかなか大変そうに感じました。

確かに多くの観光客がくると、
境内が荒らされる等のモラルハザードも起きやすくなりますが、
そこは神社ですから、うまく啓蒙しながら、
地域も、神社も、もっと活かして潤わせる可能性があるのではないかと・・・、
余計なおせっかいながら、そう思ったのでございます。

もっとも一泊二日二人で、
三万円足らずしか消費しない私が言うのも、おこがましいですがね。

東国三社を巡ってみて、見過ごすにはもったいないほどに良い場所なので、
もっと、もっと、世間に周知されてもいいと感じるのでございました。


by ambitious-n700 | 2017-07-24 11:29 | 神社仏閣 | Comments(0)

神社巡礼の記録29(東国三社めぐり③-1鹿島神宮~)


つづき。

朝の目覚めは、午前5時すぎ。
いつもより少し早く起床したかなと思いましたが、
すでに、空は明るくなっています。

朝の境内は、絶対に心地よいはずだと思い、
嫁を起こして、6時前には鹿島神宮へ足を運んでいました。
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西側の表参道から入り、大鳥居、手水舎、楼門です。
もちろん、手水舎で清めてから拝殿の前で拝みましたが、
ちょうど朝の神事が行われていました。
祝詞奏上、太鼓の音と、
その場に居合わせることができたのは、幸いだったと思います。

神事を済ませた神職の方を見送って、
私たちも拝殿をさがり、ゆっくりと境内を見てまわりました。

私たちの他にも朝早くからの参拝者は多く、
朝の散歩やジョギングもかねて、訪れている人がいましたね。

社殿の東側に、樹叢が広がっています。
鹿園、摂社の熱田社を過ぎると、奥宮がございました。

奥宮の前で拝んで、さらに、要石を目指します。
途中に意匠の凝った(武甕槌神)の石碑がありました。
朝日を浴びて、格好良かったです。
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鹿島神宮の要石は、凹形で地震をおこすナマズの頭を抑え、
香取神宮の要石は、凸形でそのナマズの尾を抑えているといわれます。

要石を参った先にも道が続いていたので、
行ける所まで進んでみると、国道へ出ることができました。
しかし、国道に出て、周囲を見渡しても興味を引くものはなく、
そこから一旦、奥宮の辺りまで引き返します。

要石の方向とは、分岐しますが北東へ進むと御手洗池がありました。

かつては、御手洗池で身を清めてから参拝をしたそうですが、
私たちがいくと、近くにお住まいと思われる方々が、
ご神水を分けてもらっていました。

こちらも参道の入口になっていて駐車場があります。
そして、鳥居があったと思われる道の両脇には、
台座だけが残り注連縄で囲われていました。

鹿島神宮の表参道の大鳥居は再建されましたが、
東日本大震災で倒れたといいますから、
おそらく地震被害の痕跡なのかもしれません。

つづく。

by ambitious-n700 | 2017-07-24 11:01 | 神社仏閣 | Comments(0)

神社巡礼の記録28(東国三社めぐり②香取神宮~諏訪神社)


つづき。

息栖神社から香取神宮を目指して、再びサイクリングです。

途中で休憩がてら昼食を摂ろうと考えましたが、
残念ながら、堤防と橋をひた走っても、飲食店は見当たりません。

やむを得ず、香取神宮の門前まで我慢することにします。

「津宮浜鳥居」から、さらにひと山超えて、ようやく香取神宮。
息も絶え絶え到着したのは、13時頃だったと思います。

本当は香取の神さまに、ご挨拶をしてから食事をしたいところでしたが、
疲労と空腹で、どうにも身体がついていきません。

ここはひとつ、ご勘弁をいただいて、先に門前の食事処へ入りました。

昼食に美味しい蕎麦の定食を頂きながら、
小一時間ほど、ゆっくりと疲れた身体を癒します。

14時を過ぎた頃に店を出て、香取神宮の本殿へと向かいました。
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香取神宮は「亀甲山」と称される丘陵にございます。
表参道は、鳥居から山を大きく周りながらの登り坂です。

参道脇には池もあり、私たちが池の辺りに差しかかると、
静謐な空気とはいえない、ワーキャーした歓声が聞こえてきました。

何ごとかと、総門をくぐって近づいてみると、
地域の学校の相撲大会が催されていました。

賑やかに相撲大会をしているところを傍目に、手水舎で身を清めます。
そして、朱の大きな楼門をくぐると、
黒っぽい桧皮葺きの屋根に、金の装飾が煌びやかな社殿が見えました。

社殿の前に進み、遠くからでも確認できるほどの神鏡を望みながら、
神恩感謝を捧げてきました。

脇にある授与所で、息栖神社と同じく「東国三社守り」の社紋と、
御朱印を授かりました。

次いで、拝観料を納めて宝物殿を見学。
国宝指定の「海獣葡萄鏡」に興味がありましたが、
このとき展示されていたのは、残念ながら複製のようでした。

宝物殿を出て、境内をゆっくり見て周ります。
小高い山になっていて、少し涼しいからでしょう。
まだこの時期でも、紫陽花が咲いていましたね。

そして、有名な要石を拝み、奥宮に手を合わせて、
15時を過ぎた頃、香取神宮の境内をあとにしました。

まだ少し自転車の返却まで時間があったので、
佐原の古い町並みをゆっくりとサイクリングをして、
途中で「北総サイダー」で休憩など。
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時間に余裕があったので佐原の駅を目指しますが、
ふらりふらりと道に迷っていると・・・諏訪神社の前に出ました。

なかなか立派な神社で、参道の急な階段が印象的です。
この辺りの郷社らしく佐原の大祭も、こちらの神社のお祭りらしいです。
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ふむ・・・今回の私は、鹿島・香取の天津の神々へのお参りを意識していて、
国譲り神話では、対峙する諏訪の国津の神へ、
どういった心の整理をして良いか、少し戸惑いを抱えていました。

しかし予定外であっても、これも何かの縁ですから、
ご挨拶していこうと参拝をしてきました。

創建の歴史を見ると、「天慶の乱」で藤原純友を伐った功績により、
この辺り(下総大須賀荘)の領主になった大神氏が、
諏訪から勧請したことが始まりらしいです。

なるほどね・・・香取の神様は、藤原氏の春日神として祀られ縁も深いので、
わざわざ藤原氏と縁の少ない国津の神を、諏訪から勧請したのでしょう。

井草八幡宮もそうでしたが、諍いを治めるべく、また、背負った業や穢れを祓うべく、
歴史の人々は、崇める神をうまく選び分けていたのかもしれません。


日も傾いてきた16時ごろには佐原の駅前へ戻ることができ、
無事に時間内に観光案内所へ自転車を返却できました。

そして、予定の鹿島神宮行きの電車を待つ間、涼をとるにも節約をして、
コンビニで買ったパピコを夫婦で分け合ったのでした。

予約していた宿は鹿島神宮の門前で、予定通り18時にはチェックイン。
翌朝の鹿島神宮参拝に備えるのでありました。

つづく。


by ambitious-n700 | 2017-07-23 09:54 | 神社仏閣 | Comments(0)

神社巡礼の記録27(東国三社めぐり①息栖神社)


今年の初めに諏訪大社(建御名方神)へ参詣をしました。
すると、国譲り神話で対峙した天津の神々が気になるもので、
鹿島神宮(武甕槌神)と香取神宮(経津主神)が次の候補となり、
色々と下調べをしていたら、この二つの神宮に息栖神社を加えて、
昔から「東国三社めぐり」と言われていることを知りました。

この息栖神社の主祭神は(久那戸神)であり、
相殿神に(天鳥船命)と(住吉三神)がおわします。
(武甕槌神)と(経津主神)を先導する役どころのようです。

鹿島、香取は武神と云われますが、こちらは海と交通に縁が深いらしいです。


実は我が子が、短期留学でしばらく不在になるため、
この機会なら、少しタイトなスケジュールが組めるだろうと、
「東国三社めぐり」を思いたち、
たとえ一人であっても強行しようと思っていました。

とはいえ一応、嫁にも事の次第を伝えて、誘うだけ誘ってみると、
仕事の都合をつけることができたらしく、同行することになりました。

思いがけない・・・久方ぶりの夫婦2人旅でしたが、
そもそもが一人で贅沢をしない計画でしたので、
ストイックな一泊二日の旅に、嫁を付き合わせることになりました。


初日は自宅を朝6時に出立。
駅構内で簡単に朝食を摂り、鉄道を乗り継ぎ、
京成線の無料特急で、成田へ着いたのが8時過ぎ。

もちろん、特急料金のかかる電車は利用しません。
また常磐線より京成線利用のほうが、交通費も少し安かったです。

次いで、成田駅から佐原駅へ向かい、
駅前の観光案内所で自転車を借りました。

息栖神社は鉄道アクセスが良いとは言えず、
バス便でさえ、高速バスのバス停から徒歩30分はかかるとのこと。

レンタカー利用か、最寄の小見川駅からタクシーが、
まっとうな判断でしょうが、
中年とはいえ、まだまだ足腰は動く年齢ですから、
ここはレンタサイクル利用で、1日500円で済ませます。

佐原駅から息栖神社まで16㌔、
さらに息栖神社から香取神宮までが12~13㌔、
香取神宮から佐原駅に戻るのが4~5㌔でした。

事前にコースを組み立てると全行程30㌔強です。
不可能ではないので、天候と見合わせての計画を立てました。


おかげさまで、その日の天候は恵まれて、
計画どおり9時半には自転車を借りて、
16時過ぎまでのサイクリングをすることができました。

まずは佐原駅前から利根川に出て、
堤防の上のサイクリングコースをひたすら下流へ。

30分程度で、香取神宮の「津宮浜鳥居」に着きました。
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海路からの香取神宮への参道入口になるようです。
昔は、今よりも舟を使っていたことが窺えます。

そして、この鳥居から鉄道の利根川橋梁を過ぎて利根川橋までが約3㌔。
利根川橋は、東関東自動車道の高速道路の橋ですが、
その下に、歩行者と自転車が通行可能な道が併設されています。
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利根川の川幅、約650mを渡りきり、さらに6㌔で小見川橋。

佐原から利根川沿いのサイクリングコースだけで約10㌔ですね。

日本の原風景とも言うべき白鷺が舞う水郷地帯を眺めながら、
ウグイスと虫の声を耳に、ひたすらペダルをこぎました。
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橋の下くらいしか日陰がないので、
恵まれた天候は、厳しい日差しとなってジリジリと肌を焼きました。

日ごろ運動不足の私はスタミナ切れだけは、どうしても避けたくて、
ゆっくり無理をしないサイクリングを心がけました。
ようやく息栖神社に着いたのは11時ごろでしたね。所要時間90分。


常陸利根川の堤防から一ノ鳥居を望み、
その脇にはご神体となる井戸の「忍潮井」の男瓶と女瓶。
覗いてみるとその姿が見て取れて、さらに、鯉が泳いでいました。
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次に参道を進んで二ノ鳥居をくぐると、龍の吐水の御手洗(手水舎)です。
ここで身を清め、御神門をぬけて社殿前にて参拝いたしました。

脇にある社務所で「東国三社守り」と御朱印を授かったのち、
ゆっくりと境内を回ります。
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神社を巡るようになって、時々見かける曲がって育つ木々ですが、
息栖神社の境内にも、
何本か曲がった木があって、添え木に支えられていましたね。

龍脈とか、パワースポットだとか、よく言われますが、
果たして真相はどうなんでしょう!?

単純に、川辺の桜のように張り出しただけかもしれないし、
地磁気の乱れが、日光を乱しているのかもしれない・・・
また、海や湖が近かったりして、
強い風のあたる場所では、その影響で曲がってるのかもしれません!?

そんな疑念を抱きながら、
11時半過ぎには、息栖神社をあとにして香取神宮へ向かいました。

つづく。


by ambitious-n700 | 2017-07-22 16:11 | 神社仏閣 | Comments(0)

夏に、プールに、日焼けあと

梅雨はどこへ行ったやら、陽射しが強い日がつづきますね。

おかげさまで今夏も、
混雑が始まる前に屋外プールへ行ってきました。
もしかしたら、1年ぶりかもしれません!?

とりあえず1km遠泳を目標にチャレンジしました。
平泳ぎを基本として、疲れないように心がけ、
30分くらいかけて、なんとか泳ぐ事ができました。

昨夏は、足の甲が攣った記憶がありますが、
何とか攣ることもなくバテることもなく、泳ぎきりました。

歳とともに、体力の衰えはあるはずでしょうが、
注意深く労われば、まだまだ身体は動くようです。

そして、1時間ちょっとプールにいただけですが、
腕には、ロッカーのキーベルトの日焼け痕。
肩と首まわりも、少しヒリヒリと痛みを起こしていました。
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載せるほどの写真じゃないね・・・(^^ゞ

by ambitious-n700 | 2017-07-17 14:45 | 時事 | Comments(0)

「なぜ八幡神社が日本で一番多いのか」読了


「なぜ八幡神社が日本で一番多いのか」読了しました。
島田裕巳氏の著作です。

神道系に興味のある私ですら、こちらの本は、とても読みにくかった。
読み終えたにもかかわらず、私はタイトルの答えに窮しています。

内容としては、神社の歴史を系統別に分類紹介しているのですが、
神仏習合と廃仏毀釈、細かな本地垂迹とその信仰の歴史が記されています。

興味がないわけではないからこそ、この本を手に取ったのですが、
残念ながら、言葉が平易ではありません。

神仏の呼称からして平易でないうえに、
引用の資料まで見慣れない漢字だらけで、視ているだけで眠くなりました。
けれども、
「八幡」「天神」「稲荷」「伊勢」「出雲」
「春日」「熊野」「祇園」「諏訪」「白山」「住吉」
以上の11神社の概要が、なんとなくわかったような気がしました。

古事記と日本書紀に登場する神々は、比較的に捉えやすいですが、
他の記紀神話に出てこない崇拝対象を、この本では整理したいようでした。

読んでいて、次第に根を上げたくなった私は、もう大ざっぱに、
皇祖神、祟り神、農耕商売の神、山の神、海の神、ぐらいに整理しました。

そもそも人間が便宜を図るために神仏に呼称をつけたとしても、
その時代の人たちの都合ですから、
どう分類しても無理があるよなぁ~と思ってしまいました。

きっと「時間」の概念と同様に、言葉や文字が発明される前から、
原始の信仰として崇拝対象はあっただろうし、
呼称が違うからと言って、あれやこれやと神仏を分類しても、
果たして、それが妥当かどうかは誰にもわからないような気がするのです。

民衆なり権力者なりが「よすが」として信仰してきた記録は、
それはそれで、信仰の歴史として否定をするものではありません。

けれど、信仰の歴史や分類にこだわりすぎる事は、
なんだか神社へお参りする主旨からは外れるような気がして、
私の興味がそがれてしまったのでしょう。

そして、どうして神社を参っているのか?改めて自問自答してみると、
御朱印が縁ではありますが、もらえずともそれはそれで良く、
明確な理由は希薄で、私には、ただの趣味といってイイですね。

とはいえ、新たな気づきと出会いに恵まれますし、
神社のご神体は「鏡」であることも多く、
日頃の自分自身の行いを見つめなおすには、
とてもいい機会を得ていると思っています。

神社めぐりに関しては、厚い信仰云々よりも、無理なく楽しみながら、
これからも続けられればいいなと思うのでございました。

by ambitious-n700 | 2017-07-11 15:45 | 漫画・TV・映画等 | Comments(0)

十三夜月の七夕


昨日は七夕でしたね。
ですが、明るい十三夜月にあてられて、
織姫も彦星も少しかすんでしまったのではないでしょうか?

十数年前の七夕に、私は入籍をしたのです。
大安だし忘れることはないだろうと、七夕に入籍したのです。
挙式は、文化の日で、
これまた、忘れたくても忘れられない日に式を挙げたのです。

このために毎年二回、何かしないといけないか?という強迫観念に、
こころを揺さぶられることになりました。

そして、今年は何の因果か?
我が子が短期留学で不在のため、夫婦水入らずですよ。さぁどうしましょ?

まぁ外食しただけですけどね。
外食以上のことはしない方がいいですよね!?

でも、毎週のように外食をしている我が家では、
有り難さも希薄なんですけどね。

特別に気合を入れて過剰にお祝いをしてしまうと、
それこそ年毎にハードルがあがりかねません。
その上、夫婦ゲンカをしていようものなら、
記念日なんて気が重いってものです。

やっぱり気負わず、無理ない程度で良いのだと思います。

不平不満を抱きながらも、継続してきたことへの感謝と労いを、
互いに感じているような気がするだけで充分だと思うのでした。


by ambitious-n700 | 2017-07-08 10:16 | その他 | Comments(0)

アプリ、アプリ、アップップ!

○○氏へ
誠に申し訳ございません。用事もないのに呼び出してしまいました。
故意があった訳ではございません。操作に慣れないゆえであります。
なにとぞ、どうぞお許しください。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

もうなんでしょう・・・スマートホン!

スマホデビューをしてから、そろそろ一年が経過しようとしていますが、
ポケモンGOのプレイヤーもかなり減って、
まだ遊び続けている私のような存在は少数派のようでございます。

そして、ガラケー時代には、電話としての機能がメインで、
発信ボタンをポチッっと押さなければ、電話をかけることはありませんでした。

ところが、スマホのタッチパネルに不慣れな私は、
電話を受けることも、かけることもない数が少ないため、
操作に戸惑いを覚えることもしばしばです。

使い始めの頃は、かかってきた電話の受信の仕方がわからず、
いつのまにか、ガチャ切りをしていたり、
先日は珍しく電話機能を使った後に、
画面を誤って触れてしまい、友人宛てに誤発信してしまいました。
その節は、誠に失礼を致しました。m(__)m


そこで、どうにか再発防止策はないものかと調べたら、
「誤発信防止アプリ」なるものがあるそうで、早速インストールをいたしました。

発信する前に、いま一度、確認して操作するだけの機能ですが、
ワンアクションで発信していたところが、
ツーアクションとなり、誤発信を防止してくれるそうです。

私のような困った人がいるから、このアプリも開発されたんでしょうけど、
なんで標準機能じゃないんでしょうね!?


某店舗のポイントカードも、アプリに移行となったと思えば、
必要かどうかも怪しいアクセス権限を要求してきたり、
どうも保守的な私は、この時代の流れに違和感を覚えてしまうのでありました。


by ambitious-n700 | 2017-07-03 15:26 | その他 | Comments(0)