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晴れやかなる四十路へ!

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「告白」読了

「告白」読了しました。
チャールズ・ロバート・ジェンキンス氏の半生記です。
拉致被害にあった曽我ひとみさんの旦那さんですね。

事実は小説より奇なり。
心が、わなわな震えるくらいの本でございました。

外交問題や当事者のこともあるから、簡単ではないだろうけど、
将来的に映画化でもなるのじゃないかというぐらい、
衝撃的な展開で、波乱の人生が記されてありました。

現実にもとづいたことですから、
絡み合う事情や、すれ違う心情も、深くて重いです。

ひとつひとつのエピソードからは、優しさや思いやり、
または、利己的な面や弱さ等、人が持つ負の側面まで感じます。

そして、よくぞここまで包み隠さず、己を晒せるものだと感心しました。

しかしそれも、家族のためや恩ある人への礼でもあるのですから、
著者の覚悟と、いかに現実が厳しいことかがわかります。

一読の価値ありです。

思うところも多すぎて、はたまた、当事者の方々のことを考えれば、
簡単には言えない事が多すぎて、うまく感想をまとめられませんが、
私はいかに恵まれた環境にいるのかを、強く思い知ることになったのでした。
by ambitious-n700 | 2016-11-25 10:20 | 漫画・TV・映画等 | Comments(0)

神社巡礼の記録16(品川神社)

参詣してきました品川神社。

品川駅で乗り換えて、京急線「新番場」駅で下車します。
すると、目の前に大きな通りがあり、
そこを渡ったところに鎮座しています。
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正面参道に龍の鳥居があって、隣に小高い富士塚があります。
富士塚の木々は色づき始めて、これからが見頃かもです。

少し勾配のある階段を登ると、いくつかの摂社や石碑があって、
拝殿が見えてきます。

まずはお清めにと、手水舎へ行くと、
龍と河童の像が水を満たしていて、迎えてくれます。

いつもどおりに手水で清めて、拝殿にて神恩感謝を捧げます。

七五三シーズンでしたので、晴れ着の子を見かけました。
神職の方々も忙しいのかなと、恐縮しながらも、
しっかり授与所で御朱印を授かって参りました。

御祭神は、アメノヒリノメノミコト。
私には馴染みが薄いのですけれども、フトダマノミコトの妃神さまです。
東京湾の向うの洲崎神社から勧請されたとのこと。

その後、稲荷神のウガノメノミコト、
スサノオノミコトも勧請されて祀られています。

富士塚があることから、当然に浅間神社も境内にあり、
さらには東海道七福神の大黒天様もいらっしゃいます。

境内に鎮座する大小さまざまな社や石碑からも、
大衆的な信仰の地であることを感じましたね。

参道階段の途中に、富士塚への登山口があります。
6~7合目あたりからは、少し勾配がきつめになりますが、
頂きまで登ってきました。

頂きからの眺めは、やっぱり気持ちいいです。
京急線の高架越しに品川宿を見渡すことが出来ました。
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京急線の北品川駅は、
いまやターミナル駅となった品川駅の南側にありますが、
品川宿からみたら北側に位置するらしいです。

北に品川駅で、南に北品川駅です。

おかしな逆転現象が起きていますね。

また帰宅後、ブログへ記録するためにネットで確認をしていたら、
境内の裏に板垣退助の墓所があるらしいことを知りました。
残念ながら、私は訪ねそこなったのでございます。

これで東京十社のうち八社を参詣したことになります。
by ambitious-n700 | 2016-11-18 16:08 | 神社仏閣 | Comments(0)

「二世」読了

尾崎豊のご子息、尾崎裕哉さんの自叙伝です。
今年、シンガーとしてもメジャーデビューしましたね。

私自身は、尾崎豊の曲は好きでよく聴いたこともありますが、
その人生の幕の引き方には、どうにも賛美ができず、
尾崎豊ファンを公言することが出来ない者です。

レビューでは賛否両論、好き嫌いが分かれるようでしたが、
私は、読めて良かったと思いました。
熱狂的な尾崎豊のファンでない方が、
素直に二世の心の機微を感じられるかもしれません。

二歳で偉大な父親を亡くして、憧れと尊敬を抱きながら、
周囲からは常に「尾崎豊の息子」として色眼鏡で見られて、
自身のパーソナリティーを模索する心の揺らぎが伝わってきます。

周囲の人々の反応に戸惑い、
自身の気持ちがついていかない様は、二世ならではの苦悩でしょう。

まして、若くして亡くなった偉大な父の姿は、
メディアへの記録とファンの心に、実体をなくして残っています。
ややもすれば、美化された偶像となってしまいかねません。

アイデンティティーの確立を育む思春期の若者には、
否応なしに押し付けられる父親の影を、
どう受け止めていいものか、心に迷いを生んだことでしょう。

会えない人の影を追うことって、
なかなか割り切れるものではなくて苦労しますよね。

一緒に過ごした時間が充実していたり、与えてくれた物が大きいほど、
その幸せに気づき、代わりがないことに気づく・・・。

そういった想い出があるだけ、本当は恵まれたことなのだけれどもね。


またこの自叙伝を読む前に、
尾崎裕哉さんがデビュー曲の「始まりの街」を、
テレビで歌っている姿を見たことがあります。

声質も似ているし、似せて歌っているように思えるところもあるし、
複雑な気持ちの揺らぎやアンバランスさを感じました。

むかし聴いた尾崎豊の歌からは、不器用で激しい情愛を感じましたが、
二世の尾崎裕哉の歌からは、不器用ながらも穏やかな慈愛を感じます。
両親や周囲の人からの愛情に応えているようでした。

父親の影を見たくなるファンの心理を、私としては酷だよなぁ~と思います。
しかしきっと、そんなファンの心理に対しても、
無碍にせず応えようとする、二世ならでは振る舞いに好感も持てます。

いやまぁ、きっと大変なんだろうけどね。負けずに今後も頑張って欲しいものです。

そして欲を言えば、本として、自叙伝として、とても良かったのですが、
今後は、やっぱりシンガーソングライターとして、
音楽でドンドン表現をしていって欲しいと願うのでありました。
by ambitious-n700 | 2016-11-15 16:20 | Comments(0)

新潟日帰り法要参列

母方の祖母の法要に行ってきました。七回忌です。
遠方の新潟で行うために、
実はそれまでの法要は、実親や長兄が家を代表して参列していました。

この度は、いよいよ私が名代として参列する運びになりました。

仕事の休みを頂き、
駅弁を購入して、北陸新幹線で上越妙高駅まで。
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楽しむのは不謹慎かもしれないのですが、
亡き母の実家へは、20年ぶりの訪問で、
なおかつ、始めて乗車する北陸新幹線!
高揚した気分がないとは言い切れませんでしたね。

車窓から見える紅葉の山々は、信州上田あたりが今は見頃のようでした。

上越妙高駅で第3セクターへ事業譲渡された「はねうまライン」に乗り換え。

待っている時間に観光電車の「雪月花」に出会う。
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鉄道事業の攻める経営戦略に脱帽でございます。
乗客は外国からの旅行者が多いようでした。

法要は滞りなく執り行われ、
久しぶりの再会したいとこ達と、御斎の席。
互いに歳を経て、ぎこちない距離感を楽しみました。
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日の沈む前に帰路に着きましたが、
本音を言えば、温泉にでも入って、もっとゆっくりしたかったですね。
by ambitious-n700 | 2016-11-13 11:21 | その他 | Comments(0)

ウルトラスーパームーン2016

今月14日にウルトラスーパームーンだそうですよ。
スーパームーンの中でも、より地球に近いのだそうです。

博多の陥没もショッキングではありますが、
地震も噴火も警戒した方が良さそうですね。

今年、東大の教授が、潮汐力と地震の関係の論文発表をしましたが、
そりゃ海面が動いてるんだから、地殻にも力は影響しますよね。

いやはや用心、用心でございます。
by ambitious-n700 | 2016-11-09 11:09 | 時事 | Comments(0)

「時間と宇宙のすべて」読了

アダム・フランク著「時間と宇宙のすべて」読了。

読み応えありましたが、良い本に出会えました。
私にとって多くの新しい視点を与えてくれました。

本の内容自体は、歴史を追って文化的な人間の時間への認識、
そして、宇宙論にいたる物理学の進歩を絡めて記されています。

まず私にとっては神話の派生から、ハッとさせられました。

古事記の作者不詳は、小学生の頃から抱いていた疑問のひとつでした。
また世界の神話は、ギリシャ神話にしろ日本神話にしろ、
似通った象形やストーリーが多いことも、気になっていました。

それはなぜか?気づいてみれば単純ですが、
人類が文字を発明する前に、
時間の概念を得ていたからに他ならない、ということのようです。

原始、石器時代の人類は、自然と密接にかかわり、
天空を見上げ、太陽や月、星の動きを感じて時間の概念を得ます。
そして、実際に天体の変化(月の塑望等)を刻んだ骨があるそうです。

時間の概念が生まれても、自然にまつわる話が生まれても、
文字がなかったために口伝となるしかなかったようです。
また、きっと文字がなかったために、
ストーンヘンジに代表されるような天体の動きを記す遺物を、
多大な時間と労力をかけてでも残そうと思ったのでしょうね。

遺物を残そう、次代へ残そう、とする時点で、
太古の人々が、死という時間を意識していることがわかります。

その後、文字が発明されて、壁画、石版等を辿って書物が生まれますが、
神話や天文現象の遺物などは、
文字が発明される前に紡がれた先人達の叡智と言えるわけです。

当然に、特定の作者がいるわけがありませんし、
その成り立ちの全てが記録されているわけではありません。
さらにいえば、
携わった個々人に名前があったどうかも定かではありません。


神話の類似性に関しては、狩猟生活から農耕に至る人類史をもつならば、
太陽や大地、海や川、その他の災厄となる自然現象も、
多少の地域差があれど、同じように人々の生活に影響をもたらします。

それぞれの自然現象が、恵みや災厄の象徴となるがゆえに、
派生する話の体系、すなわち、世界各地の神話が、
似通ってくるのも当然といえば当然なわけですね。

大地と海と太陽が、恵みと厳しさを与えてくれる神なる存在となり、
それぞれに相克を演じているように見えたのでしょう。

全くもってその流れは納得できるのですが、
時に歴史が、その世の覇者の都合により歪められるように、
現在ある数多の宗教上の教義や創世記は、
人や言葉を介すゆえに、違いが生じるようにも感じます。


そして歴史を追うようにページを読み進めると、
プラトン、プトレマイオス、
コペルニクス、ガリレオ、ニュートンの話等がありました。
この辺りは、読んでいても違和感なかったのですが、
私はアインシュタインで、少しつまづきました。

相対理論ですね、若い頃にも挑戦をしたことがありますが、
やっぱり今回も、私の頭の中で多少の混乱を起こしました。

以前の私は、光の速度が一定であることを、
前提や仮説のように、鵜呑みにするほかにありませんでした。

しかし、この本を読んだ此度は、
「光」→「電磁波」→「電界、磁界」であるから、
「物質の移動」→「空間の移動」→「空間の歪み」と解釈した場合、
「電界、磁界」も「空間」と切り離せない、
というよりも、「光」そのものが「空間」であるがために、
光の速度が常に一定になるのだと捉えることで、
どうにか相対理論を理解した気になりました。

基準座標に対して移動する物質は、
空間を伸び縮みさせ、光もまた当然に伸び縮みさせる。
そうすれば、当然に光速は一定になりますものね。

正しいかどうかはわかりませんが、私はそんな気がしたのです。

そして、光速を超えることができた場合は、
周囲の空間も歪み収斂して、超重力となり、
ブラックホールにつながる気もします。

ビッグバン理論やインフレーション理論にも当然に触れますが、
原初の特異点については、結局、未解明だということしかわからず、
特異点を回避するために、
サイクリック理論、永久インフレーション理論などが、
理論物理学として台頭してきたわけですね。

CMB(宇宙マイクロ波背景放射)の発見以降の宇宙論は、
理論物理学、すなわち、哲学にもある思考実験に近く、
まだまだ具体的なデータの観測がされていないようです。

多宇宙が想定される余剰次元や、ひも理論(一次元から)の発想は、
特異点(ゼロ)を回避して宇宙を解釈することには、
とても理に叶う訳ですが、根本の解決に及ばないのだと思います。


また、私のひとつの夢想でしかないのですが、
時空の描像をアインシュタインは球体であると提唱もしましたが、
併せて、磁極モノポール問題、フラクタルに触れて、
地磁気とCMBは、似通った描像をしているのではないか?と思いました。

球体って、やっぱりスゴイじゃないですか?
体積に対して、もっとも表面積が少なくて均質的。
そして果てがない、端っこがない。

地磁気の磁力線は、南極から赤道に向けて、
空間の広がりとともに拡散します。

これが、宇宙の膨張とフラクタルを為すのでは・・・と、
考えると面白い気がしたのです。


理論物理学は、観測データが追いついていない仮説の論理ですが、
それは太古の人類が、天を見て思いを馳せた哲学の姿と重なります。

今では、学問として対極にあるように分類されますが、
それぞれに「ゆらぎ」や「空(くう)」などの考え方にたどり着き、
近似性を見てとることができます。

どちらの分野から触れてみても、
偶然ではない、真理はきっとどこかにあると思わせる浪漫を、
改めて、この本を通じて感じるのでございました。
by ambitious-n700 | 2016-11-08 13:47 | 漫画・TV・映画等 | Comments(0)

寒すずめ

どうしたと言うことだろう?
ここのところ、ちょっとおかしい。

雀の丸揚げハンバーガーにかぶりつく。
姿揚げで、骨が多い雀は、とてもじゃないが食べにくい。

そんな夢で醒めたハロウィンの朝だった。


戦後の食糧難の時に、雀は食用にされていたことも知っていた。

夢は夢のままに、さっさと流して忘れればいいものを、
どうして私はネット検索をしてしまったのだろう?

今でも、食べられているのね・・・雀たち。
京都伏見では名物なのね、寒すずめ。

頭蓋骨から、かぶりついて食べるらしい。
ほとんど丸ごと食べるらしいね。


よせばいいのに・・・検索した上に、
どうして私は写真まで見てしまったのだろう?

こんがり焼けた、ちっこい雀さんの頭部が、
脳裏から離れないんですがぁ~・・・いつか、食べることになるのかな?

ここのところ、私はちょっとおかしい。
いったい何をやっているのだろう?
by ambitious-n700 | 2016-11-02 13:52 | トリさん | Comments(0)