晴れやかなる四十路へ!

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心は折れても、人は死なない・・・!?

読書の秋でしょうか?「人は死なない」を読みました。
東大病院の先生がスピリチュアルな思索の本を出したと、
朝のラジオで紹介しており、興味をそそられ購入、そして、無事読了。
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内容としては、全くもって共感と賛同ができます。
身体は死すとも、精神性(≒霊性)は死ぬとは限らんよ・・・ってところなんですが、
やっぱり行き着くところは、「良心」「吾唯足知」「利他」などのキーワード。
こんなところだよなぁ~と、私もなんとなしに感じてはいることなので、
妙な安心感を与えてはくれました。
ですが、いまいち面白みに、欠けるには欠ける。
ブロガーとして、他人様のことを言えた義理ではないのですがね。

まぁ、こういった素直なアプローチよりも、
なぜだろう?ネガティブな「苦役列車」の方が、本としては面白い。
私小説と比較するべきでないとも思いますが、
欲望渦巻くものに惹かれるのも、また、人間なんでしょうね。

今回の本を代表するような『善』なるものと、
「苦役列車」に出てくるような『醜』なるものを、人は併せ持ってこそか!?

自分自身はできることなら、
『善』を善と、『醜』は醜と、俯瞰的に冷静な意識をもって捉え、
振り子のように行きつ戻りつ、バランスを保ちながらも、
『醜』へ振り切れることなく、うまくコントロールしながら善行も積むのが理想かな。

ホントに『欲』ってものは、過ぎたれば確かに『醜』なのだが、
自分に『欲』がなければ、なかなか活力も湧かないし、
他人の『欲』がなければ、『利他』もない。付き合いの難しい代物です。

そして、この本は「孤独死」なんかも取り上げていて、
今度ロードショーされるさだまさし原作の「アントキノイノチ」も、
忘れずに観ておかないと・・・と、思わせてくれたのでした。
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by ambitious-n700 | 2011-10-26 16:45 | 漫画・TV・映画等 | Comments(0)

慧りと恵み

学生時代の進路適性検査では、
宗教科や歴史科が適していると結果が出た私ですが、
やっぱりその傾向があったのでしょうか?
前述の六道世界から、大乗仏教を調べていたら、
その先人達の世界観に改めて感心しております。

迷いの六道から、涅槃に入るには人の道からで、
涅槃に入ると羅漢になるらしい。

羅漢とは仏の仲間で、煩悩を殺した殺賊とも言うらしく、
利他の心をもち、煩悩を殺すことで、
他へ何かを与えることができる存在なのでしょう。

そう言えば、神や仏は、餓鬼やソシオパス、プレデターと違って、
他へ与えるだけの存在だから、崇め立てられる神や仏なんでしょうね。

私自身、幼少期には、餓鬼の道で欲を知り、
学生時代に畜生の道に似たなかで、我慢や仲間(≒友)を知り、
社会に出てからは、修羅の道で、
努力の大切さを嫌と言うほど、思い知らされています。
そして、これから年を重ねたら、
きっと人の道のなかで慈愛を学ぶのかなぁ~とも思っています。

煩悩を殺すことができて、
慈愛をもって他へ与えるだけの存在になれたのなら、
無事に成仏、無事に涅槃にいけるのか・・・?などとも。


また、話は飛びますが、
「感謝」について、大切だということはよく耳にしますし、
以前、読んだ本にも当然のように書かれていました。
(参照:http://japan700.exblog.jp/9584732/)
そして、「感謝」が鏡のようにフィードバックされると・・・?
これもなんだか良く聞く話です。

言わば「鏡の法則」ですが、唯物論的に考えれば何の根拠もありません。
しかし、宗教学的に考えれば、何かに感謝をすることは、
すなわち、その対象を、与える存在、
つまり、神や仏と同じ立ち位置にすること・・・かもしれないですね。
そして、感謝をすれば、形式的ではありますが、
神や仏と同じ存在を、あちこちに増やすことに成るのかも知れない!?

感謝をすること、すなわち、恩を知る・・・ですが、
「知恩報恩」という言葉があるように、
恩を知って、恩に報いて一人前だとしたら、
私自身は、到底まだまだで、その未熟さにうんざりします。
せめて、恩知らずにならないように気をつけている段階でしょうか。
努力不足で、恩に報いるまでには、なかなか至りません。

互いに「知恩報恩」できる関係、
フィードバックできる関係が、最良のような気がしますが、
私はチカラなく、報恩できずに壊してばっかりかもしれません。


羅漢は、阿羅漢の略だそうで、
羅漢になるべき修行の身だから、修羅は阿修羅なのかもしれません。

修羅の道では努力しない者は、負けて生きます。

おそらく、努力を怠らず、その成果を得ることができる修羅が、
慈愛を得て、他へ与えることができる存在、羅漢になれるのでしょうね。


そんなことを色々と調べていたら、今度は「菩提」という言葉に出会います。
悟りの智慧とのことらしいのですが、
確かに智慧が世に言う一般的な知恵なら、
努力なくして菩提(≒智慧)もなく、
欲なくして努力も生れないかもしれないですね。

たとえ、慈愛を得ることが大切だとしても、
他の道からも学び取らねば、
智慧は生れない仕組みになっているのかも知れません。

無垢な赤子が、欲を知って、我慢と努力を知って、初めて智慧を生む。
(もっとも必ず智慧を生めるとは限りませんが・・・)

こうして人の成長過程を改めて俯瞰して見てみると、
私なりの解釈ではありますが、
大乗仏教の世界観とよく合致し、
さすがによくできているなぁ~と感じたのでした。

そして、先人達の智慧を貪るだけの存在では、
やっぱりいけないよなぁ~とつくづく思い、
なかなか行為がついていかない自分が情けなくも思ったのです。
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by ambitious-n700 | 2011-10-22 17:27 | ぼやき | Comments(0)

「かるかやうどん」に魅了され

ここしばらく仕事もプライベートも慌しい生活でした。
義父の入院~手術、嫁の風邪、実母の誕生日、
そして、冬休みの行楽の手配・・・まぁこれは遊びですけどね。

ワンシーズンに1回は、子供をスキーに連れて行ってあげたいので、
今年は汚染マップとゲレンデガイドを見比べ、
かつ、雪不足の心配がないような場所をあぶり出し、
なおかつ、アクセスの良い近場であるか?と、それに予算まで、
色々と考慮して探すものだから、随分と頭を悩ませてしまいました。

ようやくなんとか目処がついたので、もう、これで良いかと。
とりあえず、スキー場に関してはひと段落。
あとは、義父を連れての孝行というか・・・レジャーのプラン立てか。
バリアフリーと寒さ対策に気を使わねばなりません。

そんなこともあって、
ここしばらく池袋の旅行代理店さまには、よくお世話になっております。

そして、学生時代から親しんでいる街、池袋ではありますが、
つい先日、お気に入りのランチスポットが、またひとつ加わりました。
西武デパートの屋上露店、うどん「かるかや」です。

池袋にいる時に独りで食事をする場合、
「天丼ふじ」の揚げたて天丼や、
「天下一品」のこってりラーメンを好んでいますが、
胃も疲れてしまっているときは、ちょっと重く感じてしまう。

その日もなんだか疲れが取れない私は、
デパートにあるレストラン街の混雑に息が詰まり、
開放感を求めて、階段を昇って屋上へ。
すると、屋上露店のうどん屋さんが、
なかなかの人気を博しており、それが「かるかや」さんでした。

何度か、学生時代にダラケに来ていた場所で、
今までは気にも留めていなかったのですが、
ランチタイムの屋上では、ビジネスマンや女性客、
幅広い客層が「かるかや」のうどんを啜っておりました。

3~4人程度、列を成していましたが、
セルフサービスの回転の良い品出しで、待ち時間も知れたもの。
誘われるままに店名を冠する「かるかやうどん」を頼むと、
削り節と味のしみたキツネ揚げが、私のお腹をやさしく満たしてくれました。
立ち食い蕎麦にあるような店構えですが、
麺は手打ちで、つゆは関西風の淡い色の出汁のきいた味です。

あぁ・・・この立地と、この味と、このコストが良いんだな・・・と思いました。

そして、よくよく調べてみたら、
マンガ「孤独のグルメ」にも取り上げられ、知る人ぞ知るお店らしい。
また、西武の地下で手打ち麺も販売しているそうで、
デパートのバイヤーも認めた味なのかもしれないですね。
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by ambitious-n700 | 2011-10-15 14:05 | 食生活 | Comments(2)