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晴れやかなる四十路へ!

カテゴリ:神社仏閣( 63 )

出雲のたび②【出雲大社】


つづき。

前日の鉄道ダイヤの乱れからタイトな旅程です。
この日の起床は5時半でした。
6時から出雲大社の早朝参拝のためです。
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寝床から抜け出して朝焼けのなか、宿から出雲大社へ。
二の鳥居(勢溜の鳥居)をくぐれば、
全国的にも珍しい下り参道です。
昨夏に参詣した貫前神社(上州)の下り参道を思い返しました。
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そして祓社で手をあわせ、浄の池を見て祓橋を渡ります。

三の鳥居をくぐった後の松の参道では、
中央から端にそれて、ゆっくりと進みます。

手水舎にてお清め、最後の銅鳥居を通って拝殿です。
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拝殿の前でお参りをして、拝殿裏の授与所にて御朱印を拝受。
今回は特に時間がなかったので、
早朝参拝で授与所が開いていることは、とても有り難かったです。

授与所にいらした神職の方に、
御砂の件は問題ないことを確認して、
八足門から瑞垣を反時計回りに十九社、釜社と、
順番にお参りをしていきました。
そして、本殿裏の素鵞社でした。

素鵞社は、境内の最奥で八雲山に一番近いためか、
木々のフィトンチッドを感じていたのか、
また、グーッと神気が宿ったような空気感が漂ってましたね。

お参りを済ませてから、社の正面以外の床縁下には、
台座にのせた御砂があることを確認します。

また、先に参拝者が砂を供えては換えていたので、
少し安心しながら、その方に訊きながら、
真似るように稲佐の浜の砂を供え、御砂を授かりました。

めでたく素鵞社の参拝を済まし、さらに瑞垣の西側に廻ると、
御本殿に向かってお参りできる賽銭箱が設えてあります。

御本殿の主祭神オオクニヌシノミコトは、
西を向いて鎮座されていて、拝殿や八足門からのお参りは、
主祭神を横からお参りしていることになるそうです。

ですから、主祭神の正面からお参りするには、
瑞垣の西側から東に向かってお参りすればよく、
そのための参拝場所とのことでした。

そして当然に、私どもも、改めてお参りをいたしました。

瑞垣を一周して、
次に隣にある神楽殿の大注連縄を拝みに行きました。
この日は式典があるようでしたので、
朝から関係者の方々が準備に追われていました。
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そのあとに、
神馬、神牛やオオクニヌシノミコトの逸話の像を見てまわり、
ゆっくりと宿へ戻ったのが7時過ぎだったと思います。

ちなみに出雲大社での参拝は「二礼四拍手一礼」が基本で、
摂社を含め、この作法でお参り致しました。

しかしながら、出雲地方の神社のどこまでが、
「二礼四拍手一礼」なのか?小さな疑問を抱えて、
次の揖夜神社を目指すことになります。

宿でおいしい朝食を摂って、
チェックアウトは8時半頃でした。

つづく。

by ambitious-n700 | 2019-09-21 10:17 | 神社仏閣 | Comments(0)

神社巡礼の記録59【気象神社・(高円寺)氷川神社】


ここしばらく将門様と富士塚を縁にして神社巡礼をしていましたが、
映画「天気の子」を観てしまい、
どうしようもなく気象神社へ参詣したくなったので、行ってきました。

テレビの中継などでも知っていた気象神社ですが、
天気を司る全国にひとつしかない珍しい神社です。
ご由緒は、杉並区にあった陸軍の気象部の観測員が、
予報的中を祈願したことが始まりで、
戦後になって、高円寺氷川神社境内に遷座とのことです。

高円寺駅を降りて、徒歩二分の立地、もう駅前でしたね。
学生時代には高円寺にはよくきていた時期もあったのですが、
こちらの氷川神社は初めての参詣でした。
アーケード商店街とは、ちょっと外れてますからね。
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鳥居の前にて一礼をして境内へ。
右手にある手水舎にてお清めして、
まずは、氷川神社の拝殿前にて神恩感謝を捧げます。

次に左手に鎮座する気象神社へ。
有名な下駄のカタチをした絵馬を脇に参道を進み、
鳥居をくぐって気象神社にて参拝を致しました。
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その後に、社務所窓口にて、
御朱印(今回、書置き)を拝受しました。
この日は曇天。
雲の意匠が施された気象神社の御朱印でした。

また、窓口の脇に大きなテルテル坊主があって、
こちらの神社のマスコット「ろっくん」らしいです。
なぜに?ろっくん?と、名の由来を後調べをしたら、
氷川神社→氷→こおり→ロック→ろっくん……らしい!?
でも、お酒のオンザロックは氷だけど・・・、
座礁を模したお酒だからオンザロックな訳で・・・
語源ではrockは岩で、氷はiceだよね?とか思いながら、
きっと命名者は、私と同類の呑んべと推察したのでした。

そしてその「ろっくん」のそばには、
「天気の子」声優さんの下駄絵馬も奉納されてましたね。
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ご祭神ですが、氷川神社については、
当然に大宮一ノ宮氷川神社と同じスサノオノミコトです。
気象神社については、ヤゴコロオモイカネノミコトですが、
これは秩父神社と同じということになりますね。

ヤゴコロオモイカネノミコトは、
一般に知恵の神と云われていますが、天岩戸隠れの時に、
太陽神である天照大御神を誘い出す知恵を与えた神様です。
ゆえに、晴れ(太陽)を導いた神様ということから、
気象神社にて、祀られているらしい・・・!?
また、漢字では八意思兼神と表記されて、
八つの気象現象を司るとも云われるらしい・・・です。

今回は映画「天気の子」のおかげで、
ミーハーな気分で神社に参詣して、
いつもと違うワクワク感を楽しんだのでございました。


by ambitious-n700 | 2019-08-29 11:42 | 神社仏閣 | Comments(0)

神社巡礼の記録58【水稲荷神社(高田富士)】


十条富士、下谷坂本富士の登拝を経て、
実は、海の日に登れるという高田富士へ行ってました。
遅くなりましたが、参詣の記録を残したいと思います。

高田富士は水稲荷神社の境内にありまして、
こちらの稲荷神の倉稲魂大神は、
俵藤太秀郷朝臣が勧請したとのこと。
そうです、知ってる人は知っている、藤原秀郷です。
将門の乱を追討した武将ですね。

そして、都市伝説の域を出ず真偽は不明ですが、
将門魔方陣のひとつに数えられる神社となります。


私は都電早稲田の駅から歩いて向かいましたが、
面影橋駅の方が少し近いようでした。
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東の参道から階段、鳥居をくぐりまして、
すぐ左手に御由緒書きと、
忠臣蔵で有名な堀部安兵衛の碑があります。
助太刀をした逸話の地とのことです。

しかし、私が参詣した時には、
駐車車両が碑の前にあって、ゆっくり見れず。
お祭りで出入りが多かったためでした。

そこから20mほど参道を進むと、右手に高田富士がございます。
高田富士の登山口に浅間神社、頂きにも祠がございました。
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富士塚自体はかなり大きめだなぁ~と思ったら、
江戸で一番大きな富士塚とのことです。
登山道はかなりゆったりとした坂道で、足場も広め、
登りやすかったと思います。
対して、下山道は急勾配の階段でございました。
まぁこれは、どこの富士塚に対してもその傾向があって、
表参道となる登山道はゆったり作られていますが、
下山道は、狭いスペースに急勾配で造られてることが多いですね。
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また、下山した麓には胎内洞の神社が祀られていました。
富士塚で胎内洞まで造られている場所は、私もここが初めてでした。

私は浅間神社、高田富士の登拝を済ませて、
さらに、100mほどの参道を進みます。
こちらに富士祭りの露店が並んでございました。
そして、水稲荷神社の本殿へ。

神恩感謝の参拝を致します。

本殿脇の授与所には、御守や御札が並んでいましたが、
小窓は閉められていました。
案内表示には、先ほど通った参道脇に神職のお宅があるようで、
そちらで授かることができるようです。
しかし、御朱印については、現在、授与を行ってないようでした。
まー色々ご事情があるのでしょう。

私は、本殿を左から一周するように、
耳欠け神狐、冨塚古墳、高木神社等の境内社を確認しましたが、
雨あがりだったためか、畏怖のある空気に包まれていました。
ネットリサーチにおいても、
どうやら独特の空気を感じる人が多いような気がします。
私もそれなりの数の神社に参詣してますが、
確かに、言葉には表わせないような雰囲気でしたね。
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参道を戻りまして、公園として整備されている甘泉園へ。
起伏の多い回遊式の日本庭園ですが、
池にはアカミミガメだろうと思われる亀がたくさん居りました。

将門公と縁深い神社は、神田神社、築土神社、
そして、水稲荷神社と三社を巡ったことになります。
江戸八富士は、五つを登って残すは、
千駄ヶ谷、音羽、高松の三つの富士塚ですね。

by ambitious-n700 | 2019-08-07 10:38 | 神社仏閣 | Comments(0)

神社巡礼の記録57【十条富士神社~下谷坂本富士】


七月一日は山開きの日でした。
前日に、ふとカレンダーを見て気づき、
この日に登れる富士塚へ行こうかな?と思いました。
私が行ったことのない都内の富士塚を急いで調べて、
このたび、十条の富士塚へと行ってきました。

最寄は京浜東北線の東十条駅ですが、
私は埼京線の十条駅から、
ぶらりぶらりと歩いて、富士塚へ行きました。

十条の商店街から、
露店が連なるフジサンロードが有名のようですが、
リサーチ不足の私は違う路地を経て辿り着いてしまい、
露店を楽しむことはできませんでした。

しかしながら、富士塚まで着くと、
たくさんのノボリが立ち、
神社の大祭らしい活気を感じました。

十条富士神社は大きな建物を構えているわけでなく、
富士塚そのものがご神体で、その頂きに石祠があるまでです。

また、火口に見立てた火鉢へお線香をくべる風習があるようで、
私も習って参拝を致しました。
どうやら富士山講が起源のようで、
神道色が強い信仰ではなく、神仏習合時代の信仰色が強いようです。

そして御朱印(書置き)を拝受した時に、
併せていただいた案内用紙には、近々、道路拡幅のため、
富士塚をセットバックする改修工事が行われるようです。

この時に文化財調査も行われ、
元々が古墳を利用した富士塚とのことですから、
貴重な史料が出てくるかもしれません。
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私は十条富士神社の参拝を済ませて、東十条駅方面へ。
曇天の空と時刻を見て、もうひとつ行けるか?と欲を出し、
京浜東北線に乗り込み鶯谷駅まで。

鶯谷駅から十分ほど歩けば小野照崎神社です。
小野篁が御祭神で、学業のご利益で知られています。
そして小野照崎神社の境内には、下谷坂本富士があります。
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お山開きも盛況で、特別御朱印が頒布されていました。
まあ、私の御朱印拝受については、
待ち列の長さに心は折れてしまいました。

私はご本殿への参拝と、
普段は開放されていない富士塚の登拝のみを行いました。

十条富士は登り良いように階段になっていましたが、
こちらの下谷坂本富士は、
足場は狭いうえに雨で濡れていたので、
滑らないように注意深さが必要な登拝でした。
そして、頂きまで登ると気持ちが良いものでした。
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小野照崎神社の御朱印については、
またゆっくり参詣する機会を願いながら、帰路に着きました。


江戸七富士とか江戸八富士と云われるらしく、
今まで、私は江古田富士と品川富士には登っているので、
これで都内にある四つの富士塚を巡ったことになります。

あとは、千駄ヶ谷富士、音羽富士、高松富士、高田富士かな?
さて、今度は富士塚で参詣の縁が紡がれるようでございます。


by ambitious-n700 | 2019-07-17 11:57 | 神社仏閣 | Comments(0)

神社巡礼の記録56【築土神社】


2019年も上半期が過ぎました。
改元もあって、変化の激しい時期だったと思います。
夏越の祓いは、縁のある崇敬する神社へ形代をお預けして、
今年は、京菓子の水無月も頂きました。
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そして、新たな巡礼先として思案した結果、
気になっていた築土神社へ参詣してきました。
祀られている平将門公は、
いわゆる三大怨霊のひとつに数えられていますが、
その悲劇ゆえの祟り神でございます。

昭和20年の戦禍で焼失してしまったそうですが、
それまで「将門の首桶」がご神体だったとか!?

かつては、神田神社と日枝神社とならび、
江戸三社と言われたらしい築土神社ですが、
なかなか厳しい遷座の歴史があるようです。
江戸城築城の太田道灌、江戸幕府開府の徳川家康、
そして、明治の遷都にあわせて、
時の権力者の影響が大きかったのでしょう。
 
現在は、九段下の駅から程近い場所のビルの1階に鎮座。
主祭神は天津彦火邇々杵尊、相殿に平将門公と菅原道真公。
境内には、他に世継稲荷社。
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通りに面して鳥居がございますが、
社殿はビルに囲まれた場所にひっそりとございました。

私は鳥居をくぐり、また、時期でしたので茅の輪をくぐり、
手水舎にてお清めをして社殿前にて奉拝。
ついで、ビル内にある社務所にて御朱印(書置き)を拝受。
また、世継稲荷社にも参拝を致しました。

そして、嘘か真実かわかる術がございませんが、
妙見信仰をしていた将門公を祀り封じる魔方陣があると云われ、
縁ある神社等を地図上で結ぶと、
北斗七星の形に成るとか成らないとか。
今度は、これを巡ってみるのも良いかなと思っているのでした。


by ambitious-n700 | 2019-07-10 10:46 | 神社仏閣 | Comments(0)

神社巡礼の記録55【子安神社(八王子)】


知り合いのところで、今度、子が生まれるというので、
安産祈願の神社は何処かと思いを巡らせていました。
まず、思いついたのは東京の水天宮でした。
しかしながら、水天宮は幾度か参詣しているので、
参詣したことのない神社はないかと、
さらにリサーチした結果、八王子の子安神社が見つかりました。

子安神社は文字通り、
子の安産祈願のために創建された神社とのことです。
皇后となられた雅子様、また、秋篠宮家の紀子様も、
安産祈願に訪れているそうです。

水天宮の御祭神は天之御中主之神で、
天地開闢、造化の三神の一柱で原初の神でしたが、
こちら子安神社の御祭神は、木花開耶姫命です。
どうして安産祈願の対象として祀られるようになったのか、
知識を得ていなかった私は調べてみると・・・。

安産を願うとき、破水後にスルリと生まれ出でるように、
湧水の地や水に縁ある神様へ人は祈願をしたくなるようです。
まぁ原初の神である、天之御中主之神は創造神で、御神徳は広大無辺、
水天宮と称されれば、安産につながるのもわかる気がします。

そして、木花開耶姫命については、
私は、霊峰富士の浅間神社のイメージばかりだったのですが、
記紀神話で、火を放った産屋で無事に子を産むことから、
安産の神様として信仰をされているとのことでした。
えぇ、不勉強でございました。


私はJR八王子駅から歩いて行きましたが、
京王八王子駅の方が近くなります。
境内の周囲は駅前らしく開発が進んでいますが、
繁華街のなかに、そこだけ時を越えたかのように鎮座しています。
子安神社と金刀比羅神社のノボリが立っていて、
鳥居がございました。
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境内に入ると、まずは手水舎にてお浄め。
子安神社の拝殿前にて、神恩感謝と安産祈願・・・
知人の安産祈願を縁に参詣しましたが、
世のすべての母子の安産祈願を奉じて来ました。
安産を望まぬ母などいないですから。


子安神社の脇から奥へ進むと、
金刀比羅神社と葦船社、五社の相殿。

金刀比羅の字を見て、反射的に崇徳天皇を想起しましたが、
こちらの御祭神には、大物主命のみのようでした。

そして珍しいのが、葦船社でした。御祭神は日留子命。
恵比寿さん、スクナビコナノミコトと同一視されてますね。
記紀神話では、未熟なために葦船で流された神様です。
現世に恵みを得られなかった水子を守る神として、
こちらでは祀られているようです。

水子供養はお寺さんが多いですが、
神社として、その思いに応えての創建のようでした。

子安神社の拝殿前に戻って、
神楽殿、御神木や御神池、句碑、いくつかの境内社。
他に、安産祈願とお礼参りに奉納された底抜け柄杓など。
安産の縁起物として、
底の抜けた柄杓があることを私は初めて知りました。
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最後に、社務所にて御朱印を拝受いたしましたが、
結婚式やその他の祈祷も行われているようで、
しっかりした建物でした。

私は、珍しい葦船社の印象が強く残りましたが、
子に対する親の思いが満ちている神社でありました。


by ambitious-n700 | 2019-06-14 11:48 | 神社仏閣 | Comments(0)

神社巡礼の記録54【若宮八幡宮(川崎)】

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五月の大型連休にコレと言った所へ行かなかったので、
職場で肩身が狭いと嫁の訴えられました。
また、我が子がサークル活動で川崎方面へ行くというので、
それを縁にして川崎の若宮八幡宮へ参詣してきました。

若宮八幡宮と言いましても、
同じ境内にある金山神社、かなまら様の方が有名かもしれません。
奇祭、かなまら祭りが観光資源として知られているそうです。
外国旅行者からウタマロフェスティバルと云われるらしく、
私も、そこから一度は訪れるべき神社として知りました。

川崎駅から大師線、川崎大師駅の改札を出まして、
川崎大師への参道とは反対側の交差点に鎮座しています。
もう本当に駅前です。

川崎大師の平間寺が、あまりにも規模が大きいので、
少し影に隠れてしまっているようですが、
境内には幼稚園もあって、地元に馴染んでいる神社という感じでした。

由緒的には、若宮八幡宮の境内に金山神社が遷座されてきたようで、
手水で清めてから、私はまず、若宮八幡宮へお参りをしました。
それから境内にある金山神社、大鷲神社、稲荷社と参拝いたしました。

主祭神は、八幡様の若宮、応神天皇の子である仁徳天皇です。
この度、大仙山古墳が世界遺産へ登録になると話題ですが、
そこが、おそらくお墓だろうといわれている、仁徳天皇です。
実は、あまり詳しく知らなかったのですが、
倭の五王のひとりと言われていると、我が子は知っていました。

そして社務所を見てみると、御朱印等に並んでいる人もなかったので、
先日、御朱印を少しお休みをしようか・・・と記していましたが、
きっちりと御朱印を拝受いたしました。
こちらでは、御朱印の種類もいくつかあるようでしたが、
私は若宮八幡宮の御朱印を受けました。
改元後、令和になって初めての御朱印拝受でした。

また、社務所の2階に資料室がありまして、
18禁の展示を含め、見せて頂きました。
かなまら様の信仰は、川崎宿の飯盛女(娼婦)の祈願を受けて、
いわゆるリンガ信仰といっても良いかと思いますが、
どうやら夫婦和合や子授けのご利益よりも、
性病快癒や商売繁盛の方が強いのかもしれないと感じます。
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金山神社の御祭神は金山比古神と金山比売神で、
元来は鉱山や鍛冶の神さまとのことですが、
ふいごの動きから、転じて、
性の神とも崇められるようになったらしい・・・という謂れと、
伊邪那美命が、女陰を大火傷しながら火之加具土神を生み、
床にふせった時の吐瀉物から生まれた神と言うことから、
性病快癒に繋がる・・・という謂れがあるようです。

どちらがどちらなのかわかりませんが、
昔から金山神社が性に対する人々の思いを
受けとめてきたのは間違いないのです。


若宮八幡宮の参拝を済ませた後、川崎大師へご挨拶に行きましたが、
陽も傾き17時になろうかという時間だったため、
仲見世通りの土産物屋も、店仕舞いの支度をしていました。
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川崎大師の境内では、本堂、五重塔、横綱北乃湖の像など。
そして、帰り際に蕎麦店にて夕食を摂って帰宅いたしました。


by ambitious-n700 | 2019-06-09 16:18 | 神社仏閣 | Comments(0)

神社巡礼の記録53【中山神社(中氷川)~氷川神社】

つづき。

氷川女體神社から車でしたら10分もすれば、中山神社へ着くと思います。
まぁ、私は行き過ぎてUターンをしたので、もう少しかかりました。

中山神社の本殿は、東を背に西向きに建てられ、西へ長い参道があって、
たしか第二産業道路と表示されていたと思いますが、
この幹線道路が、中山神社の参道を南北に横切っていました。

二の鳥居の前まで、車両のまま進入できて、
有り難いことに数台分の駐車スペースがありました。

二の鳥居の前に立てば、境内をほぼ見渡せるほどの広さです。
正面に本殿、両脇にいくつかの摂社、手水舎が目に入ります。
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まずはお清めを済ませて、ご本殿へ参拝。
そして、書置きの御朱印を拝受。

本殿の裏に廻ってみると、旧社殿が保存されていました。
見世棚造りから流造りへの過渡期の建物で珍しいそうです。

またぞろ戻りまして、相殿の摂社へ。
そして、荒脛神社です。アラハバキ神を祀っています。
漫画等の創作物でその名を見る事は結構ありまして、
私も興味をもって調べているのですが、詳細はなかなか掴めません。
氷川信仰と縁が深い古代信仰の神様だと思われ、
アラハバキカムイや長脛彦命(ナガスネヒコノミコト)と、
同一視されることがあり、先住民の信仰神との見方が強いようです。

他に稲荷大明神の摂社がふたつあって、
こちらにもご挨拶をしてきました。

最後に車で入ってきた参道をずーっと歩いて戻りまして、
さらに幹線道路を横断して一の鳥居まで。
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最近では珍しくありませんが、
都市開発の影響が境内にまで及ぶ、時代の流れゆえの姿でした。

私が参詣していた時間には、
神社の関係者は居られなかったようでしたが、
手入れと管理が行き届いていることが伝わってきて、
境内には気持ちの良い空気が流れていましたね。

ひと通り境内の散策を済ませると、
まだ少し時間に余裕がありました。
なので、武蔵一宮の氷川神社へは、
以前「十日市」という祭りのときに参詣してますが、
この日の氷川三社めぐりとして、改めて詣でました。
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中山神社からは車で10分足らずの距離です。
隣接するコインパーキングは40分間無料でした。

広い境内を隅々まで周るのはちょっと時間的に難しいですが、
お祭りの時とは違って、
氷川神社の落ち着いた境内を見て周ることができました。

大宮アルディージャの祈願絵馬がありました。
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by ambitious-n700 | 2019-04-27 10:37 | 神社仏閣 | Comments(0)

神社巡礼の記録52【氷川女體神社】


さて実家で車を借りての翌日は、大宮の氷川三社へ参詣しました。

三年ほど前に御朱印めぐりを始めてまもなく、
武蔵国一宮と知って、大宮の氷川神社には参詣しましたが、
そののち、氷川信仰では、
スサノオノミコトを祀る氷川神社が男体社で、
その妻のイナダヒメノミコトを祀る氷川女體神社があって、
その子のオオナムチノミコトを祀る中山神社があると知りました。
大宮の見沼地域にこの三社が一体として祀られ、
レイラインを築いているらしいとのことです。

それからと言うものの、気になる氷川女體神社の場所を調べ、
公共交通でのアクセスの難しさに機を逃していました。

その日の午前中は宅配物の受け取り等で出鼻をくじかれつつも、
なんとか正午過ぎには車で氷川女體神社へ着くことができました。

隣接する見沼氷川公園に駐車すると、園内は落ち着いた雰囲気でした。
見頃を過ぎた桜の木々と、ぽつりぽつりと見える人影。
疲れた営業マンが、ひと休みするには・・・うってつけ!?な感じでしょうか?
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そんなことを思いつつ、公園から参道の階段を昇り鳥居をくぐりました。
すると木々に囲まれて、本殿及び拝殿と授与所、
そして車の祓い所や摂社が目に入ります。
狭すぎず広すぎない、程よい落ち着いた空間でした。
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山の上と言うほどではありませんが、見沼を見渡せる丘の上で、
秩父宝登山神社の奥宮を私は想起しました。

とても好きですね、里山の風景と言いましょうか、
自然との調和がとれている穏やかな空気が心地良かったです。

手水舎で清めて、参拝。授与所で御朱印(書置き)を拝受。

神職の方は常駐していないようで、年配の女性に対応して頂きましたが、
やわらかい物腰や言葉遣いから人柄の良さが伝わってきて、
肩書きの有る無しは、あまり関係ないなぁ~と思いました。

アクセスの難しさから、見逃されているのかもしれませんが、
境内への細かい気配りや手入れがしっかりされていて、
近くに住んでいたとしたら、頻繁に訪れたい神社だと思いましたね。

参拝を済ませ戻るように参道の階段を降りると、
橋があり、それを渡ってまっすぐに進むと古来の祭祀跡に出ます。
祭祀跡は水(池?川?)に囲まれて、行き止まりとなっていました。

竜神様が祭られている摂社や船祭があることから、
永きにわたる“水”との縁の深さを感じました。
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そして私は再び橋の所まで戻って、
公園の駐車場へ向かい次の中山神社へと向かうのでした。

つづく。

by ambitious-n700 | 2019-04-27 10:31 | 神社仏閣 | Comments(0)

神社巡礼の記録51【北野天神社(小手指)】


おかげさまで、毎週のように何処かしらへ詣でる機会を得ています。
今回は実家で車をお借りしまして、
電車でのアクセスが難しい神社へ、いざ参詣してきました。

まずは、埼玉県の入間五座のうち二座を擁する北野天神社です。
「北野天神社」は三社合殿総称と言うことで、
「物部天神社(櫛玉鐃速日命)」
「國渭地祇神社(八千矛神)」
「天満天神社(菅原道真公)」が、合殿で祀られています。
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「物部天神社」と「國渭地祇神社」が延喜式内社とのことです。
どうやら「物部天神社」が一番歴史が古いようで、
のちに遷座や勧請が続き、合祀やら境内摂社ができたようです。

私は、西参道脇の駐車スペースを利用しまして、
そのまま境内に入らせていただき、まずは手水舎にてお清めです。

次に拝殿前へ進み、神恩感謝の気持ちをもって二拝二拍手一拝。

境内は広く、少し離れた南東の方角に社務所があり、
そちらで御朱印をお願いします。
総称「北野天神社」の御朱印と、
三社の正式名称の御朱印とふた通りがございましたが、
私は総称の方でお願いしました。

そして、墨と印を入れていただく間に、
御本殿まわりを軽く一巡しました。

珍しいなぁと思った摂社は、小手指神社や文子天神社など。
また、境内の木々は風致保安林に指定されていて、緑ゆたかです。

拝殿前にある大きな桜はソメイヨシノらしく、
私が訪れた時は見頃を過ぎて、半分は散っていました。
ソメイヨシノのさらに南側に「尊桜」の立て札があり、
永年にわたり手入れされている桜は、
ヤマトタケルがお手植えし、4度目のひこばえと伝わる御神木です。
そして、この尊桜の脇で八重に咲く薄みどり色の桜は満開でした。
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あと調べでは、たぶん・・・鬱金桜でしょうか?
きっと日本酒でも有名な「黄桜」の仲間でしょうね。

私は一旦、社務所へ戻り、めでたく御朱印を拝受します。

次は南側の表参道を通って、境内の外まで出てみます。
ふり返ると、社標に県社北野天神社とありました。
鳥居といくつかの階段が続く表参道は、
木々に囲まれ、神社らしい静謐さがありました。
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私はいま一度、表参道から拝殿へと進み、
改めて拝殿をじっくりと眺めていると、
「こてまる」というキャラクターとその説明書きに気づきます。

国木田独歩の代表作「武蔵野」に、
小手指ヶ原古戦場の描写があることは知っていました。
南北朝時代に、新田義貞軍が鎌倉幕府へ攻め入った時の戦場です。
その縁から、新田家の紋が「こてまる」の胸にありました。

また「小手指」の地名そのものが、東征時のヤマトタケルが、
戦勝祈願でこの地を訪れて“篭手を翳した”ことらしく、
「こてまる」も小手をかざしているようです。

なんともまぁ、欲張りに歴史をリスペクトした、
微笑ましいキャラクターだと思いました。
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人が多い場所とはいえない郊外の神社ですが、
その歴史と御由緒は、とても興味深いものがありました。

実家に程近い場所にありながら、
この歳になるまで、知らなかったことが惜しまれ、
ようやくの縁に恵まれたことに、有り難く思うのでした。


by ambitious-n700 | 2019-04-19 12:25 | 神社仏閣 | Comments(0)