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晴れやかなる四十路へ!

「細君譲渡事件」との相関を考える


映画「神と人との間に」を観て、
作品レビューや制作サイドの記事を読んでいましたら、
谷崎潤一郎の作家としてのちょっとした狡さを感じてしまいました。

原案となる文芸作品「神と人との間に」を読んではいないので、
私の拾い集めた情報と憶測でのことになりますが、
都合の良いように?創作物に落とし込んでいるように思います。

まず、細君譲渡事件をモチーフに作品が描かれたことは間違いないようですが、
三角関係で自身の妻を譲渡すると聞いて、
あたかも愛妻を手放したかのように捉えてしまいがちですが、
実はそうではないようです。
(※私はよく調べもせず、間違って早合点してました。)

拾い集めた記録を時系列で並べますと・・・。

1915年、谷崎潤一郎と千代が結婚。
1917年、谷崎潤一郎と佐藤春夫の交流が始まる。
    また、谷崎潤一郎が千代の妹セイ子へ思慕の始まりか?
1920年、セイ子が女優デビュー。
1921年、『小田原事件』
    妻:千代を譲る約束を反古にして、佐藤春夫と絶交。
1924年、「痴人の愛」発表
1930年、『細君譲渡事件』
    谷崎潤一郎、千代、佐藤春夫と三名で話し合いの末、 
    潤一郎と千代は離婚、佐藤春夫は千代を譲り受ける。
    その挨拶状が世間に出回る。

作品冒頭で、三角関係で自身が身を引く(穂積)ですが、
そのモデルは、妻を譲渡した谷崎ではなく佐藤春夫のようです。
そして、屈折した行動をとる(添田)が、
谷崎潤一郎自身を投影しているらしいです。

記録からの推察ですと、どうやら谷崎潤一郎自身は、
「痴人の愛」のナオミのモデルとなった、妻の妹:セイ子に惚れ込んで、
妻の千代と別れたかったらしいですね。

それで、ただ妻と別れてしまっては、
妻を捨てるようで大儀もなく、無責任になってしまうので、
渡りに舟とばかりに、佐藤春夫に譲るカタチをとった・・・かのようです。


ですから作品と記録からの違いを考察すれば・・・。

作品では、幸せにする自信がなくて身を引くように描かれていますが、
記録からは、不貞になってしまうので身を引かざる得なかったようです。

また作品では(添田)の愛人をクローズアップしないことで、
屈折した情の輪郭が作られていきますが、
本当のところは、愛人とうまく再婚したかっただけかもしれませんっ!?

他に、映画では現代風にアレンジをしたので、
当時は、女性が生活していくには厳しい社会環境だったことを、
考慮して鑑賞した方がいいでしょうね。


現実と創作とを同列に扱ってはいけないのでしょうが、
おそらく現実の方が、もっと、あきれてしまうような展開で、
そこから読ませる創作へと落とし込める力量を持つことが、
文豪が文豪たる所以なのかもしれないなぁ~と思ったのでした。


by ambitious-n700 | 2018-02-12 16:39 | 漫画・TV・映画等 | Comments(0)
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