晴れやかなる四十路へ!

「痴人の愛」読了


昨年末に、前述の新宿ゴールデン街にあるプチ文壇バーなる場所へ行き、
何か私にお薦めできる本はないかと訊いたところ、
この谷崎潤一郎の「痴人の愛」と出会うことができました。

その文豪の名を知ってはいましたが、
代表作の「細雪」ですら、作品に触れたことはございませんでした。

そして感想ですが、ひどい女性も居るものだと・・・思い、
現実に居そうであるのも、また怖く、心ざわつく色情物語でございました。

当時はナオミズムと造語も流行ったそうですが、
ジャイアニズムの女性版とでも云いましょうか、
小悪魔的と云いましょうか、
なんともタチの悪い、手に負えない女性像が描かれておりました。

まずは設定として『マイフェアレディ』よろしく、
少女を身請けして、自分好みに育てようって所から始まりますが、
結局、思い通りにならずに、翻弄され落ちていくわけです。

理想の女性像を育て上げるって、
男が抱きやすい願望なのでしょうかね?

大方の物は、その女性に自我が芽生えて、思い通りにいかないわけですが、
男はみな翻弄されつつも、色香に逆らえない・・・痴人となるのでしょうか?

愚かとわかって、痴人を演じているのか?
ただ、自身の行動に理性があらがえないのか?
自分をコントロールできなくなる主人公を、
読者がどう捉えるかが醍醐味の小説だと思います。

ヒロインとして登場するナオミですが、ひどい女性でございますよ。
悪意はあるのかないのかはともかくも、
道楽が過ぎて、色目を用いて、男を使い倒すわけですからね。

果たして、そこに他者を慮る愛があるのでしょうか?
衣食住に繋がる、なんらかの生産性はあるのでしょうか?

どうしても男の稼ぎを削り取るばかりに見えるわけですよ。
私だったら、色香があろうが、愛嬌があろうが、
強欲で醜悪な女性像にしか思えないのですが、どうなのでしょうかね?

文豪の谷崎潤一郎自身にも、
きっと、その色香に惑わされる要素があったのでしょうが、
わざわざ「痴人の愛」とタイトルをつけて、
読者に何を感じ取ってほしかったのでしょう?

私には、その真意を推し量れないのでございました。


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# by ambitious-n700 | 2018-01-20 16:30 | 漫画・TV・映画等 | Comments(0)

2018年始の行楽、総括


まぁ、大きな事故もなく帰ってこれたので良かったのですが、
来年は我が子も受験生、浮かれて遊んでいる場合じゃないでしょうから、
今後は規模は縮小、プランは柔軟になるとは思います。

それに、我が子も嫁も、スキーだ、神社だと、
私の趣味に付き合ってはいますが、さほど興味はなさそうです。
いずれはいずれ、どうなるのかわかりません。

しかしながら、訪れた小諸城址はもったいない気がしました。
4日は仕事始めの人もいるので、三が日よりは人出はないでしょうが、
もう少し観光客がいても良さそうに感じました。
やりようによってはもっと集客できそうな気がしました。

懐古神社は、城主だった牧野家の御霊を祀っている神社だそうですが、
神社であれば、入園料を支払わねばならないのは、やはりリスクで、
地元の人には、なかなか身近に崇敬されづらいだろうとも感じました。

またネット上では、運営側の問題が散見されて、
きっと傍目から見るよりも、さまざまな事情があるのでしょうけれどもね。


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# by ambitious-n700 | 2018-01-13 14:00 | 旅・行楽 | Comments(0)

4日、小諸城址(懐古園)


つづき

小諸城址は、懐古園として整備されて観光スポットになっています。

生島足島神社から電車を乗り継ぎ、小諸駅に着いたのが14時ごろ。
駅前の観光案内所で情報を仕入れ、
懐古園へ行く前に、小諸蕎麦の老舗で昼食を頂きます。
この旅で、ようやくの地場の名産らしい名産を口にしました。
えぇ、店構えもその味も、とても満足のいくものでした。
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そして公園となっている小諸城の大手門を見学して、
三之門近くの懐古園の入口に着いたのが15時過ぎだったと思います。

すでに陽は傾いてきていて、
人も少なく、ちょっと寂しい雰囲気が漂っていました。

本丸跡には懐古神社が建てられており、
何はともあれ、祀られているのであればご挨拶の参拝を致しました。
その後に御朱印も拝受できればと社務所を訪れますが、
時間が遅かったのか?扉は鍵が閉まり音沙汰がありませんでした。
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境内には、山本勘助が愛用したと伝わる鏡石もありました。
よく磨かれていて、なるほど自分の姿を映す鏡も、
今より稀少だったことがわかります。

その後、懐古神社の脇を抜けて天守閣跡へ。

石垣が残されていますが、ちょっとキケンです。
高所が苦手な人や、酔っている人への注意喚起の看板がありましたが、
確かにキケンな場所でした。
柵などは設置されておらず、石垣だけが残されているので、
立ちくらみ等で足を踏みはずそうものなら、きっと大怪我をすることでしょう。

とはいえ、止せばいいのに下を覗いてみたくなるのが、
人のサガと言うものでしょうか?おそるおそる覗いて見ました。
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悪ふざけ厳禁の場所ですな。

次に、入園の際にセット券で案内された藤村記念館へ。

小諸は、島崎藤村のゆかりの地と言うことです。
学がなかったので、島崎藤村が小諸に教師として赴任していたことを、
初めて、こちらで知りました。

嫁にいたっては、かつてテストの時に「ふじむらとうそん」と藤村藤村?と、
島崎の名が思い出せなかったとか?

田山花袋と自然主義文学の隆盛を担った文豪と言うことで、
今度、機会があったらその著作を読んでみようと思うのでした。

また日没が近づくなかで、
16時半には閉まってしまう動物園へと足を向けます。

鳥類や小動物系が多いですが、ライオンもいました。
そして大正時代から続く歴史ある動物園とのこと。

印象的だったのは、
キンケイやギンケイ、フクロウやエミューでしょうか?

その他、保存されている遊戯機械なども、
年代を感じて、まさに懐古的な趣きがございました。

動物園を出ると三之門の出入口へもどり、
最後に、宝物などを保管する徴古館へ入りました。

城の復元模型や、刀剣・甲冑等が展示されてました。
古いものですが、いずれも保存状態も良かったです。
武田側や徳川側とその城主は変わりましたが、
大きな戦場にならなかったことも、その要因のひとつかもしれません。

そう思うと実際に使われて、
穴が開いたような兜などが展示された川越の歴史博物館は、
それはそれで、また稀少なのかもしれません。

徴古館を出ましたら小諸駅へ。

懐古園の中の小山敬三美術館という施設も見学できたらしいのですが、
残念ながら、今回は時間的余裕がなく行けませんでした。

そして、しなの鉄道と新幹線で高崎駅に着いたのが18時ごろ。

売店で「だるま弁当」と「鶏めし弁当」を購入して、
高崎線のグリーン車で夕食を摂りながら、帰路となりました。

もちろん、駅メモなるゲームをやりつつ帰路を楽しみ、
自宅に着いたのが21時ごろでした。

翌朝、私は発送していた土産物等を受け取り、
洗濯機を回しつつ、荷解き、掃除、夕食の支度。

我が子は宿題に負われ、嫁は仕事始めでございました。


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# by ambitious-n700 | 2018-01-13 13:41 | 旅・行楽 | Comments(0)

4日、生島足島神社参詣


大してスキーをしたつもりはなかったのですが、
それなりに身体の負担にはなっていたようで、疲れて朝の起床は7時ごろ。
宿で朝食を頂き、チェックアウトは9時過ぎでした。
ウェアと土産を宅配で発送して、佐久平駅10時頃の小海線で小諸駅、
さらに、しなの鉄道で上田駅、上田電鉄で下之郷駅まで。

下之郷駅の目の前に、生島足島神社の社標があり、
そこからが北参道のようでした。

参道脇は駐車スペースにもなっていましたが、
この時間の混雑はそれほどでもなく思えました。

長福寺の脇を抜けて、生島足島神社の本殿近くについたのが正午頃。
参道に露天商が何件か連なり、
御神池は半分程は凍結していて、雪をかぶっていました。
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主祭神は、生命力を与える生島大神と満足を与える足島大神で、
他ではあまり祭られていない二柱の神様ですが、
諏訪の建御名方命と縁が深く、式内大社として伝わっています。

また大八州中央、つまるところ、
日本の中央に位置する「日本のへそ」といわれる場所です。

ご神体も御神池に浮かぶ御神島の大地そのものと言うことです。

境内には、四方の御柱と、
本社を上宮として、下宮に諏訪社がありました。
そして下宮から上宮と、両宮参りがより良いとのことらしいです。
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私どもも手水舎で清めをしてから、まずは下宮へ。
下宮を参拝したら、
脇では、巫女さんが福あめと樽酒の振る舞いをしていました。

次に、上宮へ向かいます。

下宮と上宮の間には、朱に塗られた御神橋がありますが、
こちらは神様が渡る橋で、一般の参拝者は隣接する参橋を渡ります。

参橋を渡ると子安神社と十三社、そして、本殿が見えます。
本殿の中では新年の祈祷を行っており、太鼓の音も響いてきました。

私たちは本殿前で御賽銭を入れて拝むまででした。

そして西鳥居の近くに社務所があり、御朱印を授かり、
そのまま御神池の周りを廻るように散策しました。

八幡社、秋葉社、荒魂社などがあり、こちらにもご挨拶してきました。

また、並んで石工さんたちの意匠作品がありました。
宇宙と時の流れを表しており、この作品がこの場所にあることで、
森羅万象を俯瞰して捉えている気がして、なんとも楽しかったです。
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これで、境内をひと通りまわったのですが、
ちょうど良い時刻の電車がありませんでした。

我が子と嫁は、露店でたこ焼きを味わい、
私はいま一度、境内に入って夫婦欅を拝みに行きました。

西の欅の洞のなかは、えぇ・・・しっかり夫婦であり、男女でありました。
そういえば、荒魂社にもリンガ信仰が見て取れて、古社らしい趣を感じます!?

その後、下之郷から上田に戻り、以前、上田城には行ったことがあったので、
今回は真田の敵方、徳川秀忠が本陣を構えた小諸城址へ向かいました。

つづく

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# by ambitious-n700 | 2018-01-12 10:17 | 神社仏閣 | Comments(0)

3日、スキー(佐久パラダ)


連泊の中日はスキーを楽しみました。
日本海側に近い場所では、大雪警報が発令されていたようですが、
ひと山隔てた佐久平では、雪が舞うことがあっても、吹雪くことはありませんでした。

起床は6時半ごろ、7時に宿で朝食を摂って、
佐久平からのシャトルバスを使ってパラダスキー場へ。
バスでの乗車時間は15分見当だったでしょうか?
スキーセットをレンタルして、
9時過ぎにはゲレンデに出ていたと思います。

我が子が小学生の頃からファミリースキーをしていますが、
数年前から、楽しく滑っているのは、きっと私だけ・・・だと思います。
嫁は中級コースには、怖がって気がのらず、
我が子はスピードを楽しむには楽しむのですが、飽きが早いようでした。

始めの一本こそ、足慣らしとして初級コースの緩斜面をみんなで滑りましたが、
その後、私はひと通りのコースを試しに滑りへ行き、
嫁は初級コースを、我が子は初中級コースを滑っていました。

正午前にレストランで落ち合い、早めの昼食。

我が子と嫁は、そのままレストランに残って、
私だけ14時前までスキーを楽しみました。
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最後に、もうひと滑りと・・・みんなでリフトで上がり、
眺めの良いところで数枚の写真を撮り、15時のバスでゲレンデを後にしました。

16時前に宿に戻り、身支度をしなおして駅前のショッピングモールへ。

実は、前日の夕食で得た福引券があり、
それをやるために、ゲレンデを早く切り上げ?長蛇の列に並んだのです。
しかしながら、あと列が50mというところで、
どうやら予定の当たりクジが全て出てしまい、
私たちは福引すらできぬままに、切り上げとなったのでした。

夕食はフードコートで各々好きな物を食べて済ませ、
宿に戻って、入浴、就寝まで。

前日、のどが痛いと言っていた嫁の状態は、
良くもなく悪くもなく、風邪っぴきでしたが小康状態でしたね。


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# by ambitious-n700 | 2018-01-10 10:44 | 旅・行楽 | Comments(0)

2日、佐久平へ


我が子も高校生になり、親と行く旅に気乗りしない様子になりました。
歳相応の遊びをしたい気持ちが優るのも仕方がありません。

そんな我が子を慮りつつも、プランを立てるのは私以外に居ませんので、
どうにでもなるように、今回は信州佐久平に宿だけをおさえて、
私の希望の神社巡りとスキーを中心に考えていました。

また、我が子がやっているゲームアプリに「駅メモ」というものがありまして、
鉄道路線を制覇していくとスコアがあがるようなゲームでした。

これを楽しむために、新幹線なら東京から1時間半程度で着く佐久平に、
在来線で長い時間をかけて向かうことになります。もはや、立派な乗り鉄です。

そして私の予定では朝7時に自宅を出立して、軽井沢に10時過ぎに到着、
日中は中軽井沢のハルニレテラス等でも堪能して、佐久平へ行く腹づもりでしたが、
朝方に、嫁を起こそうとすると、その一声が「のどがいたい・・・」
我が子は、年越し徹夜チャレンジの寝不足から起きる気配もありませんでした。

その状態を見て、こりゃダメだな・・・と私も早々に諦めて、
中軽井沢での行楽は返上、とはいえ、宿のキャンセルはなんとか避けたいから、
この日を丸々移動に当てるかな?と考えを改めて、
無理をさせず、のんびりと我が子の起床を待ちました。

そして嫁には、のどが痛むなら休日診療所へ行くよう持ちかけましたが、
「大丈夫・・・」と幾度となく拒否されて、
そこまで言うなら、様子を見ながら行くことになったのです。

結果、出立は10時頃。
私と嫁は自宅で朝食を済ませていたのですが、
寝起きで出てきた我が子は、飯能での乗換時間でブランチ。
東飯能から八高線のディーゼル車に揺られて、高崎駅へお昼過ぎに着きました。
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食事の時間も違えば、お腹の空き具合も違いましたが、
高崎駅構内の立ち食いスタンドの信州蕎麦をもって昼食とします。

横川駅から軽井沢駅へは、バス便があるにはありますが、
在来線が廃止されていたので、この間だけは新幹線で移動をしました。
もちろん、自由席ですが、思いのほか混んでいませんでしたね。

軽井沢駅に着いたのが、14時過ぎでしたでしょうか?

中軽井沢のハルニレテラスや野鳥の森公園に心惹かれつつも、
冬の陽の傾きは早く、すでにそんな時間はありません。
そこで、軽井沢のショッピングパークを小1時間散策することにしました。

ネット上で少し情報を得ていましたが、なんとも言えぬ、
私ども庶民には馴染めぬ場所でしたね。

高級ブランドで聞く名の店が並び、
やれ初売りだ!30%~70%オフだ!の言葉が乱れ飛び、
あちこちで人だかりができていました。

けれども私自身はブランド品に殆ど興味がございません。

衣服に関しては、本当に無頓着でもあり、機能性を優先し、
その上、コストパフォーマンスが良ければよいわけで、
この時に着ていたスキーウェアとて、
中学2年から長年愛用しているウェアでした。

立ち並ぶブランドショップに、嫁は少し気を惹かれていたようですが、
その価値を理解できぬ私と一緒では、ただただ通り過ぎる他にないようでした。

さらーっとウィンドーショッピングを済ませて、
世界の富豪が別荘を建てるとか建てないとか噂になるのも分かる気がしましたが、
人混みと高い値札とで、私の好む物はあまりない場所でした。

軽井沢駅を15時過ぎのしなの鉄道で小諸駅まで、
小諸駅から小海線に乗り換えて、
佐久平駅に着いたのが16時ごろだったと思います。

宿のチェックインを済ませて、
軽井沢とは違う、馴染みやすい値札と店構えの土産物店をぶらつき、
少しばかりお土産品を購入すると、日はすでに暮れていました。

宿泊には夕食がついていなかったので近くのレストランを探していると、
駅前でイルミネーションを催していました。
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ぶらりぶらりと、ひと回りして楽しんだのですが、
家族の感想は、キレイだね・・・の次の言葉は、頑張ってるね・・・でした。

あちこちで催されているイルミネーションを知ってしまい、
目が肥えてしまった悲しい性かもしれません。

その後、ショッピングモールのレストランで、
和定食をみんなで頼み、腹を満たし宿へ戻ったのでした。 


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# by ambitious-n700 | 2018-01-09 11:40 | 時事 | Comments(0)

2018元旦○初詣


平成三十年、元旦の起床は午前五時ごろ。
神棚と仏壇の水を換えて、洗濯機を回します。
洗濯物を干して、ひと息ついて、
午前6時を過ぎた頃に、家族を起こし始めました。

サーっと身支度をして、午前七時の電車に乗って、
澄んだ空に日の出と富士山を眺めながら、
飯田橋の東京大神宮へ着いたのが午前八時前でした。

参拝の列はできていましたが、
思ったよりも早く10分程度で自由参拝をすることができました。
むしろ、昇殿参拝の方が待つのではないかと思うほど、
朝早くから訪れている人たちが、受付の列を成していました。

参拝を済ませて、古札を納めて、
新たに今年の神宮大麻と御神札を拝受いたしました。

何枚かの家族写真を撮り、境内を出たのは八時半頃だと思います。
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そののち、年中無休24時間営業のファミリーレストランで朝食を摂りましたが、
これもかれこれ3年以上は続いていて、恒例となってきています。

従業員の方々が、多忙な年越しの深夜勤務を経て、
可哀相な位の疲労が見えていたり、
それが次の年には人数が増えて、うまく改善していたりと、
年毎に営業側の苦悩と努力が見て取れます。
外食産業も、人材確保に大変なのだろうと思います。

そして朝食を終えて、実家近くのファミリーレストランへ梯子です。
実母が他界してから、親族の顔合わせは外食中心となりました。
実父を中心に兄弟家族と年賀の挨拶を交わし、
甥姪にお年玉を渡して、日が暮れる頃には帰路に着きました。

朝と昼の外食続きで、さすがに夕食は軽く自炊をすることに。
コンビニのカット野菜でモヤシ炒め・・・をのせた、
インスタントラーメンとなりました。

翌朝の行楽へ向けて、早めの就寝!?


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# by ambitious-n700 | 2018-01-08 10:26 | 時事 | Comments(0)

両家菩提寺墓参と掃除


神棚の正月準備は、私がすでに済ましていたので、
29日は、両家の墓参りを家族3名で行って来ました。

義父母と実母の他界があったので、
いつのまにか年末の墓参は当然のようになりました。

天候もよく、さほど寒い思いをすることなく、
墓前を掃除して、お線香をあげて来ました。

30日と大晦日は、一応、大掃除のつもり!?

まずは、とっ散らかった物の片づけをしないと、
部屋の掃除はできない状態でした。
実は私自身の物は少なく、
嫁の物が大半を占め、続いて、我が子の物がそれに続きます。

30日は、私がコンロ周りを掃除して、
忘れられた期限切れの食材などを発掘。
並行して、布団を干したり、シーツの洗濯など。

嫁と我が子には、自分たちの物の整理を促したのですが、
思うようには進んでないようでした。

大晦日に本当は窓ガラスや、
前日にできなかったシンク周りや食器棚を掃除したかったのですが、
二人の態度に、業を煮やして予定を変更。

我が子の古い教科書類を処分しつつ、洗濯機を回し、
いつもの床掃除と、年越し蕎麦の支度となりました。

我が子が面倒臭がってやらないのは、わからなくもないですが、
それを叱る嫁の姿は、
自分の物も整理できてないのに、なぜに子を叱る!?
そのうえ、自身の物を整理せずに、どうして子供の物を整理したがる!?
傍から見ていて、滑稽に映らざる得ないのでございました。

嫁自身の所有物は、私が整理処分に手を出すと、
何を言われるか、わかりませんから、
年末くらい整理してほしかったのですがね・・・。

まぁこの二日をかけて、
私が希望する五分の一程度が片付いたような按配でした。

掃除も片付けも、年越し、年越し、ですな。


そして、紅白歌合戦が始まる頃、年越し蕎麦の支度をしました。
この日ばかりは乾麺でなく、生蕎麦を仕入れ、
大根、人参、ねぎ、そして、紅白はんぺんで簡単な汁を拵え、
二人前の温蕎麦を作りました。

嫁は、職場の同僚が手打ちをした生ソバがあったので、
それで賄うと言い張っていたので、私と我が子の分の予定でした。

いざ、私が二人前の蕎麦を支度し、
そののち、嫁が頂いた生ソバを茹でたのですが、
これが年の最後の惨事となりました。

危惧はしていたのですが、
その手打ちの生ソバは、
おそらく2週間ほど前には、すでに頂いていたもので、
私は鮮度に一抹の不安を抱えていました。

嫁が茹であげたそのソバは、
鼻を突くような臭いを放ち、麺は所々黒く変色していました。

嫁を放って置くと、そのまま調理して食べる勢いだったのですが、
ここでお腹を毀されても困るからと制止をして、
私が支度した二人前の蕎麦を、三人で分けて、
年越し蕎麦を味わったのでございました。

そして、翌朝の初詣に備えて、私は歌合戦の勝敗がつく前に就寝。
嫁の就寝は、きっとカウントダウンを終えての頃かと思います。
また、我が子は徹夜すると張り切っていたのですが、
午前三時半頃、床に着いたそうです。


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# by ambitious-n700 | 2018-01-07 11:17 | 時事 | Comments(0)

★2018★年明け★


あけましておめでとうございます

みなさま、年末年始は、いかがお過ごしでしたでしょうか?
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

では、その記録をぼちぼちと残して行きたいと思います。

29日、両家菩提寺墓参
30日、掃除
大晦日、掃除、荷造り、
元旦、初詣、親類挨拶
2日、佐久平へ
3日、スキー
4日、生島足島神社、小諸城址、
5日、荷解き、

まーこんなものです。
我が子が幼かった時に比べて、行楽も縮小の傾向になりました。


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# by ambitious-n700 | 2018-01-07 11:11 | 時事 | Comments(0)

初めての『ふるさと納税』


ふるさと納税って、聞いたことある人は多いと思いますが、
実際に活用している人は、どれ程いるのでしょうかね?

私自身、さほどの高額納税者でもないし、
その恩恵は少ないかと、大して気にも留めてなかったのですが、
その制度の仕組みを勉強して、ついに手を出してしまいましたよ。
疑義の残る、微妙な制度ではないかと思いながら・・・ね。

では、過熱しているらしい・・・「ふるさと納税」を、
私なりに、ひも解いてみたいと思います。
(※もし間違いがあったら、ご指摘してくだされば幸いです)

控除だ!控除だ!と言いましても、
今まで私に馴染みのあるのは、医療費控除と扶養控除ぐらいでした。
総所得から、その控除額を差引いて課税額を出す、
【所得控除】と呼ばれるものが大半ですね。

ですが、ふるさと納税って、
【所得控除】と【税額控除】を併せた制度らしいです。
【税額控除】の制度利用は少ないようですが、
税率をかけて算出した税額から、さらに差引く制度です。

ですから、納税者が自治体に支払う税額(住民税)に対して、
そのまま寄付金の額を、ほぼほぼ差引くわけでございます。

まぁ言い換えれば、寄付をしても、寄付をしなくても、
納税者の負担する総額は、ほぼほぼ変わらないのです。

そのうえ、寄付した自治体から返礼品が送られてくれば、
返礼品の価値の分だけ、納税者の生活は潤うわけです。

さらに言えば、換金性の高い返礼品は、いけないことになっていますが、
うまく換金できたとしたら、実質、減税とかわらないのです。


今年はTVCMなどが流れ、一段と注目されてますが、
どうしてあまり広報されなかったかと考えますと、
この制度が広まると、利害の反する人が出てしまうからと思われます。

そこで、ふるさと納税の制度導入で、立場と利害の違いを考えてみました。

仮に、A市在住の低額納税者Gさんが、
B町へふるさと納税として、限度額いっぱいの寄付をします。
B町は、Gさんへ相応の返礼品を贈ります。

また、A市在住の高額納税者Sさんが、
B町へふるさと納税として、限度額いっぱいの寄付をします。
B町は、Sさんへ高額返礼品を贈ります。

さらに、B町の返礼品を送る地元業者をXとして、
ふるさと納税サイトを運営している業者をYとします。

さて、ふるさと納税の制度を導入する前と後では、
その立場と利害はどうなるでしょう?

A市は、住民税の税収が減って「損」
B町は、寄付金として収入増で「得」

Gさんは、相応の返礼品がもらえて「少得」
Sさんは、高額の返礼品がもらえて「多得」

地元業者Xは仕事が増えて「得」
サイト運営業者Yも「得」となります。

ですから、損する自治体が出る以上は、配慮しなければカドが立ちますし、
制度利用できない非課税世帯の人たちには、そもそも関係ない話でもあります。

よって、全ての人の利益にはなっていないので、
一気に広まることもないと思われます。

ちょっとややこしい制度ですから、一般には理解していない人も多いようですが、
経理や税務関係の仕事をしている人は、むしろ、知らなければ務まらないわけで、
いちはやく制度を理解して、そそくさと利用している率が高いようです。

また、所得税の累進性とは反対に、
高額納税者の方が制度的な利潤が多くなり、逆進性があるといえます。
GさんよりSさんの方が、より高価な返礼品を手にすることができる訳です。

高額納税者は、妬まれたくもないので、
あまり声高に言わない心理もまた、働くかもしれません。

そして、ざっくりとお金の流れをまとめてみますと、
本来、住民票のある自治体(A市)へ入るはずだった税収を、
B町、業者(XやY)、納税者(GやS)は返礼品に変えて、
その益を分け合う制度のようです。

ふるさと納税制度によって、都市と地方の地域格差を減らしますが、
個人の貧富格差は、逆進性によって広がる制度と言えるかも知れません。


今回は制度の全体像を描くために、細かいことを省きましたが、
認められる控除額は、
寄付金額から二千円を引いた額(実質二千円と云われる所以)ですし、
所得によって、寄付の限度額が設定されていて、
住民票のある自治体へは、一定の税収が確保される配慮もあります。
そして何より、手続きが面倒だと言われれば、それまでです。

いままで私も利用していなかったので、エラそうな事は言えませんが、
情報弱者は、知らずに損をしているということかもしれません。

まだ制度利用していない納税者なら、一考の価値はあると思いますよ。
今年の所得に対しては、年内の寄付ですから、
ぜひとも、いそげー!?

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# by ambitious-n700 | 2017-12-25 11:44 | その他 | Comments(0)